『三百年の謎匣』
判型:四六判ハード レーベル:ハヤカワ・ミステリワールド 発行:2005年4月30日 isbn:4152086343 本体価格:1700円 |
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素人探偵としてその筋ではちょっと名の知れた刑事弁護士・森江春策のもとを訪れたのは、幾つかの会社役員を兼ねる玖珂沼瑛二郎という人物。森江の一風変わった名声に惹かれて遺言書作成を委ねたい、と言ってきた男は、その僅か数時間後に射殺屍体となって発見される。しかも、偶然にも発見者となった森江の助手・新島ともからの目撃証言から、瑛二郎殺しは密室の等しい状況下で行われたことが判明する。果たして瑛二郎はどんな理由で、どのように殺害されたのか……? そして森江の手許には謎がもうひとつ。瑛二郎が託していった、舞台も書かれた言語も異なる、二世紀余に跨る六つの物語が記された洋綴じの書籍。常に謎をひとつだけ残した冒険物語の数々は、密かに繋がりあい、森江が直面した現代の事件へと結びついていく……
物語性への回帰を訴える著者の本領発揮とも言うべき作品集――なのだが、構成が変わっている。粗筋でも記したように、時代を大きく隔たる六つの作中作は、それぞれ舞台も状況も違えながらただひとつだけ、謎を留めているという点で共通している。それが、六つのエピソードを挟む形で配された現代の物語のなかで、素人探偵・森江春策によって現代の事件もろとも解き明かされる、という形になっている。 非常に意欲的な試みだが、評価は人によって分かれるように思う。というのも、そういう形で最も興味をそそる謎が物語の渦中で明かされないため、折角の痛快な物語にモヤモヤとした余韻を残してしまうのだ。設定された謎は魅力的であるし、一部ちょっと苦笑いしたくなるようなものもあるが、絵解きも概ね明快で森江が導く結末のカタルシスも大きい。だがそれでも、各編のプロットや謎解きにとってこの構成が必要不可欠であったか、と問われると首を傾げざるを得ない。それ自体が一種の箱と言える冒頭の『新ヴェニス夜話』、語り手らの立ち位置からすれば本文で真相が伏せられている事情も頷ける『ホークスヴィルの決闘』あたりはこの格好で解答が提示されているお陰で据わりが良くなっている印象だが、『海賊船シー・サーペント号』や『死は飛行船に乗って』は何とか本文に組み入れてしまった方がお話としてのバランスは保たれていたように思う。 しかし、それもこれも著者が古今東西の“物語”に寄せる愛着と、“本格ミステリ”に対する情熱ゆえのことと言える。両立が困難であることはある程度双方に親しんできた読み手であれば自明のことで、そこを敢えて難問に挑み高いレベルで完成させようとした志は痛いほどに伝わってくる。オーソドックスな冒険ものの要素をこれでもかとばかりに詰め込み、各編それぞれに丁寧な考証を行いながら、いずれにも何らかの大仕掛けを施している姿勢は天晴としか言いようがない。渾身の意欲作だがトリックの量を優先したためにテーマの壮大さと不均衡を起こしてしまった『紅楼夢の殺人』と比べると、娯楽性を保ちながらも多く注ぎ込まれたトリックの質が高いレベルで安定した本編のほうが、マニアを対象にしたがあまりの敷居の高さもない分も含めて受け付けやすいに違いない。 贅沢を言えば、多くの芦辺作品と親しんできた身には、最も背景に凝りまくり、読みようによっては強烈なカタルシスを齎すはずのエピソードがいちばんネタが解りやすく感じられるのが少々残念だが、まあ普通に読めばたぶん驚く読者のほうが大半であろうから、言うほうが酷というものだろう。翻って、愛読者であるが故にちょっと足下を掬われるような小細工も施してあるので、おあいこと考えるべきかも知れない。 帯の“芦辺ハリウッド”という惹句に恥じない、趣向に満ちあふれた作品集である――が、構成によって各編が連結されているとは言え、長篇という看板を掲げるのはやっぱり無理があるような気はする。 |
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