小泉凡『小泉八雲と妖怪』

『小泉八雲と妖怪』
小泉凡
判型:A5判上製
レーベル:日本の伝記 知のパイオニア
版元:玉川大学出版部
発行:2023年8月25日
isbn:9784472060243
価格:2750円
商品ページ:[amazon楽天]
2024年5月4日読了

 明治期の日本に渡り、紀行文や奇談怪談の再話を行い、海外に日本独特の文化を伝えた小泉八雲の生涯を、八雲の曾孫であり民俗学者である著者が八雲自身の視点で綴った伝記。
 読書にまだ慣れない世代にも手に取ってもらうためなのか、平明な文章と、ふんだんにルビを振ったかたちで記されているが、決して子供向けではなく、小泉八雲という人物を語った書籍として充分に資料的な価値がある。
 何せ著者は八雲の曾孫であり、島根県松江市にある小泉八雲記念館の館長を務め、八雲の研究とともにその功績、精神を広める活動に携わっている。それだけに、本編の記載は簡潔ながらかなり精度が高い。随所に関連する土地や人物、手紙などの写真も添えられ、その人生をより明確にイメージしやすくなっている。
 こと本書は、八雲が日本にて民間伝承や怪談の再話を選択するに至った精神史が解り易く辿られている。アイルランド出身の父とギリシャ出身の母親とのあいだに生まれ、家庭の事情によりギリシャ、アイルランド、フランスと転々とするなかで、それぞれの土地の様々な見聞により怪異への眼差しと、西洋的合理主義に染まらない“オープンマインド”を養った。長じてからは、アメリカにて当時はまだ受け入れられなかった黒人との結婚に踏み切るという、既成概念に囚われない行動に及んでいるのも、自身の複雑な来歴と、様々な文化に接したからこその開かれた視野でものごとを見ていたことが窺える。そこに、この時代にして日本を目指し、その文化に魅力を感じ取る感性の流れが確かに読み取れる。
 もちろん、もっとも紙幅が割かれているのは来日後、特にのちの妻であり、怪談や伝承の語り部となって八雲の創作スタイルの基礎となった小泉セツと出会った島根県松江市を中心に、山陰で暮らしていた時分の出来事である。実際に八雲がこの地で暮らしていたのは2年足らずだったが、その間に多くの人に知られる八雲の『怪談』の原型が生まれている。その余禄と言うべきか、本書には八雲自身が綴った怪談の概要が多く記されており、万一、八雲作品についてまったく触れたことがなくとも、その一端に触れることが出来る。小泉八雲の作品は、物語の要素や表現を推敲し、詩的で繊細な文章へと昇華されているので、せめてその魅力を汲み取った訳文で触れるほうがいいが、これを取っかかりにしてもいいだろう。
 大きめの装幀、写真や図版などがたくさん添えられた本文、そして恐らくは図書館などをメインターゲットにしているのだろう、ページ数に対して少々割高の印象は抱くが、本棚に置いておけば、次世代にも読んでもらえそうな1冊である。小泉八雲の生涯について調べたいというとき、まず取っかかりとして選んでもいいと思う。


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