『黙の部屋』
判型:四六判ハード 版元:文藝春秋 発行:平成17年4月25日 isbn:4163239006 本体価格:2095円 |
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中堅美術雑誌の編集長・水島純一郎は打ち合わせのために出かける最中、“運命の出逢い”を果たす。雨宿りのために立ち寄った廃業寸前の骨董屋の片隅で埃にまみれて黒ずんでいた一枚の絵である。何気なく見つけたその作品に魅了された水島はその場で購入、作者である石田黙という画家に興味を抱く。だが、美術に通暁しているはずの同僚たちもその名を知らず、美術家の名鑑にも見出されない石田黙という画家の素性は宛ら闇に閉ざされているかのようだった。あるときはネット・オークションに出されていた作品を競り落とし、あるときは伝手を頼って黙という画家の謎を辿り続ける水島は、やがて一人の謎めいた女と遭遇した……
骨幹は相変わらずの折原流ミステリ、なのだが微妙に風合いが異なるのは、“美術書か? ミステリーか?”と帯で謎掛けをするくらい図版を随所に用いて、石田黙という実在の洋画家の人生を鏤めているから、というのがいちばん大きいだろう。が、それ以上に人間の深奥にある“闇”に糸を垂らすような石田黙の絵画をそのままモチーフとしたことによって、ミステリよりも幻想的な方向へと傾斜した面があるからだろう。 折原作品として眺めると、甚だ著者らしい人物造詣や仕掛けがあるものの、やや力不足という感が否めない。水島が黙の絵画を追う背後で展開している出来事は、派手で異様だが構造そのものは単純だし、物語との絡みで織りなす仕掛けも充分な衝撃を齎さない。 寧ろ読みどころは、石田黙という画家と主人公・水島との出逢いと、そこから彼の作品を追うことに執着していくさまであり、著者にそんな物語を書かせてしまった石田黙作品の魅力にあるのだと思う。 極論すれば、ミステリとしての骨格を与えたのは作家・折原一としてのアイデンティティを保つためであり、本来の目的は石田黙という危うく埋もれかかっていた才能を世に知らしめることにあったのではないか、とさえ邪推したくなる。ミステリ部分よりも主人公・水島が石田黙作品の蒐集や調査に一喜一憂するさまのほうが読み応えがあり、謎解き部分に対する伏線を張った箇所以上に、散見される著者所蔵の絵画をモチーフとした心象描写などのほうが精彩を放っているのも、そう解釈すれば頷ける。 と、ある意味辛めに評したが、軽めであっても相変わらずの折原流ツイストを施した物語に、ふんだんな図版を収録した本書、トータルではかなりの読み応えがある。特に、ここ最近の折原作品の装幀に使われていた薄気味悪くも魅惑的な石田黙の画風に興味を覚えていた人であれば存分に楽しめるはず。紙幅からするとやや高めの価格設定も、カラー写真まで折り込んだことを考えれば致し方ないところだろう。 |
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