蜃気楼の殺人

蜃気楼の殺人 『蜃気楼の殺人』

折原一

判型:文庫判

レーベル:講談社文庫

版元:講談社

発行:2005年8月15日

isbn:4062751542

本体価格:590円

商品ページ:[bk1amazon]

 野々村省三とその妻・文恵は結婚二十五年目の記念に、かつて新婚旅行で赴いた地である能登を巡る旅に出る。だが数日後、娘の万里子が再会した父は変わり果てた姿となり、母も何処へともなく行方を眩ませていた。文恵が省三を殺し逃亡した、という警察の推理に納得のいかない万里子は、単身真相を探るべく、両親の足跡を辿る。本当に母が父を殺したのか、母でなければいったい誰が……? そんな万里子の元にある日届けられた写真は、彼女が想像もしなかった父の姿と、新たな疑問を彼女の胸に植え付ける……

 1992年にカッパ・ノベルスで発売された当初は『奥能登殺人旅行』というタイトルだったものを光文社文庫収録時に改題、それに更なる加筆訂正を施して講談社文庫に再度収録したものが本書とのことである。

 折原一といえば叙述トリック作品に対する拘りで有名だが、本編はやや趣が違う。引退を間近に控えた老夫婦が新婚のときに旅をした能登を再訪し、そこでの夫婦のやり取りを描く一方で、父の死と母の失踪に苦悩する娘の姿を並行して綴るトリッキーな構図は相変わらずながら、語り口は全般に情緒的だ。この著者はもともと登場人物をサディスティックに、突き放したような苦しめ方をすることが多いが、その過程を特に丁寧に描いている印象が強い。

 但し、これも著者の前々からの悪癖だと思っているのだが、女性像や感情の盛り上げ方が古いメロドラマ調なので、少々鼻につくきらいがある。『倒錯』シリーズや『冤罪者』といった仕掛けやテーマの先行した作品であれば兎も角、本編のように比重が情緒へ傾斜しているとかなり気になるのだ。

 また本編は、構成こそ凝っているものの、そこのくだりであまり謎が感じられないのが難だ。確かにヒロインとなる野々村夫妻の娘・万里子が両親の死の謎を解こうと奔走するのが基本的な筋なのだが、ミステリずれした目にはさほど難しい謎ではなく、鏤められた伏線からあっさりと真相の察しをつけることが出来、実際に暴かれる真実もほとんどその範疇に収まる。

 しかしサスペンスの盛り上げ方は巧妙で、シンプルな文体と相俟って読みやすさは抜群だ。構成によって後半への興を繋いでいるのもそうだが、特に現在と過去とが交錯する終盤の緊迫感は高い。あとは危機を脱するための駆け引きに理性や説得力がもう少し備わっていれば文句はなかったのだが、登場人物の性格からするとそれもまた不自然なので、このくらいが丁度いいのだろう。

 あまり謎として難しさを感じないこと、他の作品よりも濃密に出てしまった著者の体臭が鼻につくことが欠点だが、肩の凝るような感覚抜きにすっきりと読める作品に仕上がっている。

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