カブト虫殺人事件

カブト虫殺人事件 『カブト虫殺人事件』

ヴァン・ダイン/井上勇[訳]

S. S. Van Dine“The Scarab Murder Case”/translated by Isamu Inoue

判型:文庫判

レーベル:創元推理文庫

版元:東京創元社

発行:1960年4月1日(2001年5月25日付38刷)

isbn:4488103057

本体価格:680円

商品ページ:[bk1amazon]

 黄金時代を代表する探偵作家ヴァン・ダインの創出した碩学の名探偵ファイロ・ヴァンス五番目の事件簿。

 昼近く、ファイロ・ヴァンスのアパートを訪ねてきた友人ドナルド・スカーレットが齎したのは、エジプト発掘の成果を多数収蔵・展示する博物館で、研究者たちの後援者となっていたベンジャミン・H・カイルが殺害された、という報だった。地方検事のマーカムに殺人課のヒース部長刑事を従えて現場に赴いたヴァンスは、残された証拠が一様に指摘する容疑者の逮捕に執拗に異を唱える。奸計に優れた犯人に対して、ヴァンスはいかなる手段を用いて対抗するのか……?

 ミステリに身を染めはじめたはじめの頃に『グリーン家殺人事件』『僧正殺人事件』を立て続けに読んで以来、十数年振りに手に取ったヴァン・ダイン作品である。当時も序盤の、ひたすらに調査と訊問を繰り返していく作法が退屈で辛かったが、久々に読んでもその印象は変わらなかった。背後では様々な駆け引きが行われている、と想像はさせるのだけれど、表面には現れないので、お話としての牽引力に乏しい。やはり牽引力は乏しいながらも表現のシンプルさによって読ませてしまうクリスティ、事件の大胆さと奇術めいた筋廻しで徹底的に読み手を引っ張っていくカーと比べると、やはりマニア向けという感覚が強い。

 しかし、その道行きといい解決編の明快な論理といい、作りは本格探偵小説のお手本、というより原型を示しているように思う。ここで提示された完成型を応用し或いは捻り、探偵小説というのは変化してきている。本来のスタイルを振り返るのに、これほど格好の作品もあるまい。

 ある発想のインパクトに依存するあまり、論理の詰めが弱いという気はするが、読み終えての充実感は著しい。初出から年月を経ていることを考慮しても不自然な表現が随所にある訳に引っかかることはあるが、ベーシックな本格探偵小説を求めるならば、ここまで振り返ってみるのも一興だろう。

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