『幽 Vol.004』
判型:A5判 発行:平成18年1月9日 本体価格:1514円 |
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本邦初の怪談専門誌、年二回刊のスローペースながら順調に巻を重ねて、早くも第四号である。コーナーごとにざっと感想を記していく。
巻頭特集は泉鏡花。北陸を舞台に多数の怪談奇談を書き残した文豪の精神的背景を、現地を訪ねて探るルポである。闇雲に作品論に走ることなく、その土壌や現地に根付く口碑伝承や噂話を鏡花が吸収し、自作に昇華していったさまを穏やかな筆致で追っており、作品世界の一端に触れるという切り口が、鏡花を未読のものにも親しみやすい。収録された復刻初期作品だけを読んでも、現代の読み手には決して読みやすい作家ではないことは明白なのだが、それでも丹念ながら敷居の高くないガイドぶりで、鏡花作品への良質な道案内となっている。 しかし巻頭特集でいちばん「面白い」のは、北陸取材の際に東雅夫編集長・加門七海氏らが遭遇した怪異を当事者全員で綴り、多視点で検証した記事である。こんな雑誌に携わってしまうくらいの人々なら、自分たちの経験が怪談奇談としては中程度の代物でしかないことは冷静になれば解るだろうに、間近に顕現した異様な出来事に浮き足立っているのが、興味深いというより微笑ましい。一方で、直接的・間接的に体験した当事者の証言を一挙に集めるという滅多に出来ない切り口で怪異を検証する、という、怪談に興味を抱く人なら誰しもいちどはやってみたい手法を試みている点でも興味深い。 続く小説パートは、大半が連続して登場している書き手ばかりなので、安定した読み心地がある。京極夏彦氏『旧耳袋』は、木原浩勝・中山市朗両氏の『新耳袋』の原点となった江戸期の怪談集を、『新耳袋』に近い文体で現代語訳するという着眼点が楽しくも馴染みやすい連載であるが、地の文だけとはいえ「オカルト」「キャラクター」「エネルギー」といった具合に横文字が登場してくるあたりに好き嫌いが分かれるかも知れない。しかし、これを読むと本当に『新耳袋』の方法論は江戸期にして既に提示されていたことがよく解り、『新耳袋』愛読者なら必読のシリーズであると思う。本誌初登場の大槻ケンヂ氏作品『キテーちゃん』は怪談というより幻想ホラーだが、著者らしさと質が共存しており読み応えがある。 続いては実話怪談パート。冒頭は加門七海氏がインタビュアーとして、怪談や心霊関連に関心を抱く人々の、怪異に対するスタンスを探るシリーズであるが、今回招かれたのは、テレビにおける心霊番組の礎を築いた『あなたの知らない世界』の生みの親である新倉イワオ氏で、この記事が実に面白かった。まったく心霊の分野に興味がなかった、というより不審さえ抱いていた氏に、あれほどの番組を作らせるきっかけとなった体験談の迫力は、本書の白眉と言ってもいい。収録の裏話も軽妙洒脱、しかし随所に“霊”という微妙なものを扱ううえでの繊細な心構えを窺わせるものばかりで、怪談愛好家のみならず、実際に現場で心霊に関する話を扱っているテレビ関係者にとっても必読の内容である。第一人者がこれほど気遣っていたものを、いまの現場の人間は果たしてどれほど尊重しているやら。 ほか、木原浩勝氏による『怪談ハンター』、福澤徹三氏、平山夢明氏の実話怪談、小池壮彦氏の『日本の幽霊事件』、いずれも安定したクオリティだが、全部に触れているといくら書いても足りなくなるので省略する。ただ、ひとつだけ――このところ毎回のように参加している『新耳袋トークライブ』でお姿を拝見するにつけ、『新耳袋』完結以来どうも精彩を欠いているな、と感じていた中山市朗氏だが、北野誠氏との共同企画『やじきた怪談旅日記』を読むと、改めてお疲れなんだろうな、と気遣われる。内容は面白いのだけど、やや文章が荒れ気味だし、かなりまずいミスも認められた。私塾経営など色々とお仕事も多いようだが、どうぞご自愛いただきたい。 漫画パートは、『でろでろ』が好評の押切蓮介氏が初登場である。寄稿した『赤い家』は怪談としてはオーソドックスながら、粗い語り口と凄みに満ちた絵柄で、鬼気迫るような力強さがある。花輪和一・諸星大二郎・高橋葉介三氏の安定したクオリティも頼もしく、ページ数は少なめながらもそこらの“実話恐怖”漫画誌を買い込むよりも遥かに充実した読後感がある。 そして終盤では、最大の目玉企画である『幽』怪談文学賞の趣旨説明に合わせて、本誌で実話怪談を寄せる書き手が執筆作法を語るパートが用意されている。それぞれ作風を見事に反映しているのでファンには楽しいが、しかしいちばん参考になるのは、本誌には未だ記事を寄せていないものの、『日々是怪談』という名著で怪談ファンには馴染み深い工藤美代子氏のインタビュー記事である。書きたいけどなかなか話が見つからない、という人には極めて示唆するものの豊富な記事で、『幽』怪談文学賞への応募を検討している人には無論、単純に書き手を志願している方にとっても役立つはずだ。 間隔を半年おき、余裕をもって編集しているためか、毎号隅々まで実が詰まっており、極めて豊潤な読み応えを堪能させてくれる雑誌であるが、その真髄は今回も損なわれていない。ペースがペースであるため、連載作品が単行本にまとまるのは相当先のことと思われるので、お目当ての作家のためだけに買うのも何だか、と躊躇っている方にも是非ともご購読いただきたい。やや高めの価格にも見合う読み応えがあり、また見識を広める一助にもなること請け合いである。 |
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