『陽気なギャングが地球を回す』
判型:文庫判 レーベル:祥伝社文庫 版元:祥伝社 発行:平成18年2月20日 isbn:4396332688 本体価格:629円 |
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人間嘘発見器・成瀬、口から出任せを話すことにかけては右に出る者のない響野、完璧な体内時計を備える雪子、掏摸の技術に長けた久遠。ある事件がきっかけで知り合った四人は、華麗な手順で犯行を成し遂げる銀行強盗団である。その日も綿密な下調べと打ち合わせを経て、見事に仕事をやり遂げた――はずだった。逃走に使った車の脇腹に、現金輸送車の襲撃犯が乗ったバンが突っこんでこなければ。稼ぎを奪われた四人組だったが、その僅かな交錯のあいまに久遠が襲撃犯のひとりから掠め取った財布を手懸かりに、金の奪還を目論む。しかし、そこで見つけたのは、襲撃犯のひとりの屍体だった――
いま日本の小説界で特に注目を集める書き手・伊坂幸太郎のデビュー3作目であり、本格的なブレイクのきっかけとなった作品でもある。なるほど、と思わせる洒脱さと巧さだ。 とにかくキャラクターの構築が巧い。それぞれに特殊な才能と、一風変わった個性を備えた面々の特徴が、冒頭数十ページ程度であっさりと把握できる。物語最初の犯行計画の鮮やかさもさることながら、それが予想外の出来事で崩壊し、あとはひたすら読者を翻弄するが如く、激しく物語が転がっていく。 別々に生じているトラブルを縒り合わせていく手管は見事だが、ただすれっからしの目からすると予測はつけやすい。物語の基本的な操り手が偶然という解釈を嫌う成瀬だから、というわけでもないだろうが、基本的にかなり多くの描写がはじめから伏線として投げ込まれていることを前提としているのが想像に難くないので、展開そのものは別としても、背景はうっすらと透けて見えてしまうのである。ゆえに、人によってはさほど意外性を感じない決着であろう。 ただ、予測できるから駄目、などということもあり得ない。その丁寧に計算された話運びは、整理されて読みやすい文章とも相俟って、まさに四人組の犯行計画を思わせるほど実に鮮やかであり、またあまりに無数に盛り込まれた伏線をすべて読み解くことも容易くはなく、そうとう勘の鋭い人でもなければ、最後に幾つか膝を打つような場面に遭遇するはずだ。 また、一読してから前に戻って描写を摘んでいくと、終盤の出来事と呼応するような場面が見つかるあたりも秀逸だ。特にラストシーンなどは、人によっては忘れているかも知れない短い会話を実に効果的に用いており、結末の爽快感をより際立たせている。 よくよく読むとページ数のわりに起きている事件はさほど厚みがなかったりするのだが、それもまた読みやすさに繋がると共に、作品の鮮やかな余韻を増すことに貢献しているとも言えよう。再掲された新書版のあとがきにある著者の言葉と併せると、なおさらその首尾一貫ぶりに感嘆を禁じ得ない。 その後の人気沸騰ぶりも納得の、上質の娯楽小説である。 |
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