扉は閉ざされたまま

扉は閉ざされたまま 『扉は閉ざされたまま』

石持浅海

判型:新書判

レーベル:NON NOVEL

版元:祥伝社

発行:平成17年5月30日

isbn:4396207972

本体価格:838円

商品ページ:[bk1amazon]

 卒業から六年ぶりにサークルの親しい面々を集めて行われた同窓会の最中、伏見亮輔は人を殺した。高級住宅街の生活を疑似体験するという趣向のペンションとして運営されている家の一室で、一学年後輩の新山和宏を溺死させ、密室を作りあげた。舞台設定のすべてを織りこんだ計画は完璧のはずだった――ただひとり、学生当時から伏見を畏怖させるほどの知性の閃きを見せていた、碓氷優佳の存在を軽んじていたことを除けば……

 ストイックすぎるほどストイックな本格推理である。いわゆる倒叙形式であるが、題名通り、密室とされた事件現場の扉は最後の最後まで閉ざされている。つまり、犯人を除く関係者のすべてが、殺人事件という現実はおろか、屍体さえ確認できないまま物語は展開していく。この厳しい縛りの中で、本編はきっちりと緊迫感を保っていく。序盤は計画のための伏線に費やされ、犯人・伏見が思い描いていた設計図通りにことを運んでいく過程を描き、中盤からは唯一、現状に違和感を抱く女性・碓氷優佳との激しい心理戦が繰り広げられる。他の面々は和やかに同窓会のムードを引きずり続けるなかで、これほどスリリングに話を運ぶ筆力は凄まじい。

 論理展開についても、その緩みのなさは秀逸だ。なにせ肝心の事件そのものは確認されないので、登場人物たちは自由時間以降自室に閉じ籠もったままの友人をどう捉えるか、どう扱うかという試行錯誤に費やされる。既に異変を感じ取った優佳が扉を開き中を確認するように論旨をコントロールしようとするのに対し、伏見は論旨を巧みに誘導して扉を開けさせるタイミングを遅らせる。その駆け引きも見物ながら、同時に読者には最も重要な点を伏せたままで綴っていくのも巧い。尺の短さも手伝って、一気呵成に読まされてしまう。

 しかし、最終的に示される犯行理由とその結末は、読む人によって評価が分かれるだろう。犯行とも無縁ではない動機の設定は素晴らしい着眼ながら、伏見が殺人という領域にまで踏み込むにはあとひとつ弱い、という感覚が拭えない。また、最終的に齎された(と想像される)結末についても、通常こうした作品に対して読者が求めるカタルシスとは異なるため、解決したという爽快感よりも戸惑いを覚える向きはあると思われる。

 但し、解決編間際までの揺るぎのなさ、徹底して貫かれた本格推理としての矜持は、ミステリを愛する者にとって終始魅力的に映るはずだ。ラストで評価は分かれるにしても、その志の高さは決して否定できない意欲作である。

 ただ――ただ、これは刊行当時からあちこちで言われていたことだが、この装幀はあまり良くない。絵の巧さやデザインのセンスについては否定しないものの、本来この作品は人物像や作品世界などについて極力先入観を齎すことを避けた方が楽しめるものだろう。複数の魅力的なキャラクターが個性を発揮ししのぎを削るような印象を齎すこのデザインは、出来云々を別にして、この作品には合わないように思われるのである。人物像などあしらわず、作中の一場面を想起させる具体的な情景なり、反対に抽象的なイラストを使うなりしたほうが良かったのではなかろうか。

 尤も、いずれにしたところで、作品を批判する理由にはならないので、こうしてちょっと間隔を置いて記した次第である。装幀については、余人には計り知れない目論見が秘められている場合もあるし、デザイン的には疑問を感じるようなものでも商業的な効果を上げることも少なくないので、一概に否定は出来ないのだけど。

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