『ピースサイン』
判型:B6判ソフト 版元:双葉社 発行:2006年7月20日 isbn:4575235547 本体価格:1600円 |
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「ピースサインをして写真に映ると、早死にするらしいよ」女子高生たちのあいだに拡がる他愛もない噂。だが、自分の娘がピースをした写真を見せられた早紀子に、それを笑い飛ばすことは出来なかった……都市伝説に囚われた主婦の見舞われる悪夢を描く表題作ほか、『小説推理』誌上に発表した作品を集めた、怪談小説集。
相変わらず、あからさまな“怪異”ではなく、負の気配に侵蝕されていく日常に超常的なものの気配を漂わせて恐怖を演出する手管が素晴らしい。特に本作品集に収録されているのは、いずれもそれまでの生活形態が破綻を来たし、次第に追い込まれていく人々を描き、そのなかでじわじわと怪異が忍びこんでいく話ばかりであり、その生々しさが怪異現象自体のリアリティを向上させている。 特に強烈なのは、ちょうど真ん中に位置する『憑かれたひと』である。不況下にあるデザイナーの悲哀をこれでもかと描く一方で鏤められた怪現象が、思わぬ形で収束するラストはひたすらにおぞましい。原因らしきものを提示しながら、必要以上にはそれに触れていない点にも手慣れたものを感じさせる。別途、実話怪談を発表している著者ならではの巧さである。 基本的には怪異に呑みこまれる結末が多いなかで、怪現象から自分なりの解答を導き出し、日常に回帰していくエピソードもあるのが本書の特徴である。何故そういう結論に至ったのかはっきりと説明していないので読後モヤモヤとした印象が残るのも事実ながら、その曖昧な読後感が余韻に膨らみを持たせている。成熟した世界観の確かさゆえと言えよう。 佇まいを感じさせる文章、経験に裏打ちされ(生活の実態はともかく)個性面では地に足の着いた人物造型、怪異に依存せずしかしその効果を増幅させる絶妙なストーリーテリング、と完成度の高い作品集。ただ登場人物が恐慌に陥るだけではない、滋味に富んだホラーがお望みならお薦めである。 ――しかし、やや軽さを感じさせる装幀は、少々中身と不似合いではなかったか、と思ったことも書き添えておきたい。表題作の方向性とも若干の食い違いがあって、装幀のイメージのみで購入した読者はなんとなくアテが外れた気分を味わうのでは、と気遣われる。もう少し重厚感のあるデザインのほうが相応しかったと思う。 |
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