『夏の日のぶたぶた』
判型:文庫判変形 レーベル:徳間デュアル文庫 版元:徳間書店 発行:2006年8月31日 isbn:4199051635 本体価格:590円 |
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夏休み、菅野一郎の母は、一郎の弟・冬二と一緒に家を出て行った。父の経営するコンビニを手伝いながらも沈鬱な気分でいた一郎だったが、ある日を境に彼の日常は一変する。幽霊屋敷として知られる荒れ屋に配達に行かされた一郎は、そこで“ぶたのぬいぐるみ”と遭遇する。小さなピンクの躰で、けれど家事も食事も普通にこなし、大人の男性の声で分別くさいことを口にする彼――山崎ぶたぶたとの交流が始まって、一郎の気分は少しだけ上向きになる。だがある日、一郎の母が出て行ったことを知った幼馴染みの鞆谷久美が、一緒に迎えに行こうと言い出す……
通算8冊目となるシリーズ最新作、だが実際には先日ようやく文庫化の叶った第四作『クリスマスのぶたぶた』に続いて執筆されながら、“大人の事情”で発表されずにいた第五作に位置するものだという。尤も、メインである山崎ぶたぶたの性格やその雰囲気は共通していても、本ごとに職業や背景が異なっており、内容的にも切り離されているので、順番などあまり関係はない。実際、違和感など一切抱かせず、いつも通りのぶたぶたワールドが展開する。 ただそれでも、本書は色々な点で物足りなさを禁じ得なかった。他のぶたぶたシリーズ作品がそうであるように、本書でもぶたぶたの果たす役割はエッセンスに過ぎず、主題は大人未満子供以上の位置にいる少年の、それまでと雰囲気の異なる夏休みのなかで揺らぐ心を描くことにあり、いわば青春小説の趣がある。だが、扱われている出来事があまりに普通すぎて、拡がりに欠くのだ。母が出て行ったことも、幼馴染みである久美の様子がおかしいことも、当人にとっては決して軽々しい出来事でないのだろうが、しかしさほど珍しいことでもなく、久美の奇妙な態度も客観的には想像がつく。 中盤以降はひと夏のちょっとした冒険、といった成り行きで話が進むが、紆余曲折に乏しく印象が薄いし、決着もなんとなくなし崩しの感がある。全体に振るわぬまま終わってしまった気がしてならないのだ。 ポイントがあるとすれば、そうした誰にもありそうな、子供から大人へと成長していく過程での“事件”に、ぶたぶたという“いつか日常に溶け込んでしまう非日常”を絡めたあたりなのだろうが、本書についてはそれもあまり活きていない。実際にはほとんど何もしていなくとも、確実に登場人物たちの意識に影響を及ぼすからこそこのシリーズには面白みがあるのだが、本書についてはそれもない。 軽快で読みやすい文章は心地好さに満ちているし、相変わらず気配りがうまく、存在自体が人の気持ちを癒してくれるようなぶたぶたの存在感もきちんと表現されている。ただ、そこに甘んじて全体に工夫に乏しい仕上がりとなってしまったのが勿体なく思えるのである。 ぶたぶたらしさは横溢しているので、愛読者ならばそこを楽しむことは出来るだろうし、いっそ定番を貫いた“ひと夏の冒険”には却って新鮮さも感じられる。でも……と、個人的には首を傾げずにいられない出来だった。こと、光文社文庫で復活して以降の、創意工夫に満ちた組み立てを知っているだけに。本書で初めて“ぶたぶた”という世界観を知った方には、原点である『ぶたぶた』や、光文社文庫での復活作『ぶたぶた |
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