クリスマスのぶたぶた

クリスマスのぶたぶた 『クリスマスのぶたぶた』

矢崎存美

判型:文庫判変形

レーベル:徳間デュアル文庫

版元:徳間書店

発行:2006年12月31日

isbn:419905166X

本体価格:590円

商品ページ:[bk1amazon]

 2001年にハードカバーで刊行された、『ぶたぶた』シリーズ第4作待望の文庫化。復刻にあたって1話を追加している。

 折しもクリスマス、特別な日をそれぞれに異なるかたちで迎える人々。無理なバイトで体調を崩してしまった由美子。デートのたびごとに遅れてくる恋人を待っていたら、妙な成り行きで配送作業に追われるデパートのアルバイトに間違われてしまう由紀。女同士で飲み明かしていた春菜と杏子。彼女たちの華やかな、或いはしけた聖夜に、“あの人”が少しだけ彩りを添えていく。

 デュアル文庫での刊行が一時的に打ち止めになる直前にハードカバーで出版されてしまったため、他の作品よりも入手が難しく“幻の作品”呼ばわりされていたが、『夏の日のぶたぶた』でのデュアル文庫復帰に続くかたちで無事に復活と相成った。

 基本的に短編連作のスタイルを取ることの多いこのシリーズだが、本書は1話1話が更に短く、ショート・ショートを集めたような趣がある。クリスマス・イヴとクリスマス当日に、様々なかたちでその日を楽しみ、或いは楽しめずにいる人々と、今回は訳あって赤と白の衣裳に身を包んだ“あの人”とがほんの一瞬交錯する。いつも以上に1話で語られる尺が短いので、深いテーマを盛り込むことも凝った細工をすることも出来ていないが、しかし如何にもありがちなクリスマスの光景に、やはりありがちな役割で投げ込まれた“あの人”が、実にいい彩りを添えていて、楽しい。よく言われる“心温まる”という表現のしっくりするエピソードが小気味よく並んでおり、全体でも200ページに届かない手頃なサイズとも相俟って軽く読めてしまう。

“あの人”が今回請け負った仕事自体は、いつも以上に珍しいものではない。だが、だからこそ“ぶたのぬいぐるみ”であるあの人の個性が光ってくる。あの人でなければ、プレゼントの配達人なんてものに女の子が関心を示すはずもないし、デートに遅れている恋人を待つ少女がバイトに間違われるなんて展開もなかった。酔っぱらってくだを巻く女ふたりの記憶に滑稽なインパクトを与えるはずもないのである。

 そういう彼だからこそ、本来あるべき姿に舞い戻った最後の1話がさり気なくも素晴らしい余韻を齎す。まさに『ぶたぶた』シリーズならではのクリスマス・ストーリーである。特に予定もない、或いは多忙すぎてそれどころじゃない、けれどちょっと胸の温かくなる何かに触れてみたい――そんな方がこの日、読むに最適の1冊だと思う。

 ちなみに巻末、27日の出来事として添えられているのは今回書き下ろされた1話である。これだけがクリスマスとは無縁だが、やはりクリスマスを経たうえでの年末の出来事であり、ここでも“あの人”の優しい存在が忙しない時期にちょっとした清涼剤としての役割を果たしてくれる。

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