『横溝正史自選集1 本陣殺人事件・蝶々殺人事件』
判型:四六判ハード 版元:出版芸術社 発行:平成18年12月10日 isbn:488293308X 本体価格:2000円 |
|
生前に横溝正史が自ら選出した自作長篇ベスト7を発表年順に収め、資料などを追加して纏める横溝正史自選集の第1回配本・第1巻。終戦直後に執筆され、世に“金田一耕助”という探偵役を輩出した記念すべき傑作『本陣殺人事件』に、同時期に発表された由利麟太郎を探偵役とする『蝶々殺人事件』を併録する。
どちらも別版で読んでいる*1が、『犬神家の一族』の公開に合わせて刊行されたのを機に再読した。 他の作品と比べて機械的なトリックが際立っている印象のある『本陣殺人事件』だが、よく吟味しながら読むと、その機械的なトリックを成立させるために施した配慮が極めて繊細であることが解る。叙述にも工夫が凝らしてあり、その意欲の程が窺われる。 こと本書の場合、同時期に執筆された『蝶々殺人事件』を同時収録しているのが意義深い。『本陣』が戦時中に鬱積した本格探偵小説への欲求が噴出した結果であることは有名だが、同じ意識を孕んだ『蝶々』が並んだことで、その情熱の凄まじさがより強烈に感じられる。『本陣』は紙幅の制約もあってかなり余裕のない作りになっているが、『蝶々』は豊富に盛り込まれ、異様なまでに入り組んだプロットのために、その仕掛けの意味さえ結末まで、いや下手をすると読み終わっても理解できないほどに複雑化している。これでもかこれでもかとばかりに盛り込まれたアイディアの量が、いずれの作品についてもぎこちなさを産む結果を齎しながら、しかしそれほど激しかった飢えを感じさせるのである。巻末に収録された資料がその事実を裏書きする。 如何せん両作とも手頃な価格で文庫版が現役で入手可能であり、他の作品が収録されていることを考慮してもそちらで購入した方がお得だろう。だが、可能な限りオリジナルに近い文章の状態で収録し、しかも他の傑作と共に統一された装幀で刊行される機会は今後そうはないと思われる。横溝作品に対して強い愛着がある、書棚を飾ることを大前提に本を選ぶような方には最適な叢書であろう。現時点で両作とも所持している方にお薦めするには少々、これ、という魅力に欠くのも否めないが。 |
*1:というか、この『自選集』収録作品はいちおうぜんぶ読んでます。
コメント