隣之怪 木守り

隣之怪 木守り 『隣之怪 木守り』

木原浩勝

判型:B6判

レーベル:幽BOOKS

版元:Media Factory

発行:2007年6月15日

isbn:9784840118671

本体価格:1200円

商品ページ:[bk1amazon]

 中山市朗氏とともに1巻99話収録で全10巻のシリーズを完結させた著者が、以来2年振りに、単独名義で発表する新シリーズ。『新耳袋』では封印していた、“呪い”にまつわる物語である表題作『木守り』をはじめ、ラジオ番組を頼って訪ねてきた大学生が話したあまりに異様な出来事『記憶』、久々に連絡のついた古い友人との不思議な再会を描く『電話』など、全24編を収録する。

 相方である中山氏が長篇に着手した一方、著者は短篇形式に拘った――と言いたいところだが、やはり多くのエピソードを蒐集しなければならない“準”百物語形式を選択することは避けたようだ。これまでの三人称叙述から、体験者の語りという形式に変え、一篇あたりの尺をあまり縮めず、より生々しい“語り”に近づけている点は、やはり『新耳袋』シリーズの著者らしい実験精神を窺わせる。

 ただ、正直に言って『新耳袋』と比べて読みづらく、またいくぶん冗長になった印象がある。尺を縮めるために“怪異”を抽出し、凝縮していった『新耳袋』と並べると、全体にダラダラしているし、より口語に近い文章はやはり読むのにはあまり適していない。

 しかし読み続けていくうちに次第に慣れてくるので、言うほど気にはならなくなる。何より、さすがにエピソードの濃度は強烈である。『壁』『白いシーツ』『ぎぃ』など、短いながらも奇妙さでは際立ったエピソード群はそれ故に『新耳袋』の血を引くことを如実に感じさせる一方で、『新耳袋』スタイルでは細分化して数本に切り分けていたであろう長い体験談を、恐らくはオリジナルに近いかたちで再現しているために、物語単位での恐怖の密度は高まっている。

 まず挙げるべきは表題作ともなった『木守り』であろう。『新耳袋』では様々な理由から“呪い”に絡む、或いは“呪い”の存在が顕著に感じられる話を意識的に排除するようにしていた。不定期に行われているトークライヴのなかでは披露されていたそれらのインパクトは凄まじかったが、そのために文章化がなされないのを、ファンとしては理由を承知しつつも惜しんでいただけに、収録されたことは喜ばしい――と同時に複雑な感慨も覚える。無論、ただ“呪い”の封印を解いたと言っても、そのなかから『木守り』を特に選んだのは、恐らく背景が極めて古いものであること、細部をぼかしていけば充分に匿名の出来事として扱えるという確信があってのことだろう。そして、多分に刈り込んだ形跡を窺わせつつも、やはりここに潜む情念は深い。

『木守り』以降、巻末に並んだ作品は、いずれも重々しさに打ち拉がれるようなエピソードばかりである。工務店の業務における因習の深さを『井戸』において軽く示したのち、それを敷衍したうえで描かれる“家”にまつわる物語『発狂する家』、複数の視点から家族の崩壊を描き出した『末路』、そして軽いイントロからおぞましい運命の偶然が明らかとなる『ふたり』まで、このあたりの構成の妙と、1話1話の重みは、『新耳袋』特有の構成を捨てたが故に可能となっている点についても着目すべきだろう。

 このあたりの話の衝撃度は実際に読んでいただければ理解いただけるだろうが、しかし個人的にいちばん鮮烈な印象を受けたのは『記憶』である――これもトークライヴで、しかも体験者自らの口から聞いていたので、収録されたこと自体に感慨を禁じ得ないのだが、そうしたことを差し引いても興味深く、そして恐ろしいエピソードであると思う。

 これは本の中では語られていないことだが、怪談の取材をしていると、裏付けの必要があって再度体験者に話を伺う際、先方がその記憶を曖昧にしていることがままあるらしい。その解り易い例が『新耳袋』でも最高傑作と呼ばれる『山の牧場』で、あの話は聴き手であった木原浩勝氏のほうが細部をよく記憶しており、体験者であるはずの中山市朗氏は細かいところを忘れてしまっている傾向にあるのだという。似たような状況を木原氏はしばしば確認しているそうなのだが、この『記憶』というエピソードはまさにその極北にある内容なのである。

 このエピソードの絶妙である点は、最も異様な体験をしているのが、話している当人ではない、という点だ。状況のあまりの不気味さ、非現実性に聴く側としては「まさか」という思いを禁じ得ないが、話者と体験者の関係性がこの異様な出来事に信憑性を齎している。そして、体験のあとにどうなったのかは話者も知らない。ここがあまりに怖い。

 封印を解かれた“呪い”話の筆頭である表題作、巻末の数編のインパクトも凄まじいが、“怪談”として評価した場合、この『記憶』というエピソードの破壊力は著しいものがある。

 中山氏の新著もそうだったが、本書もまた誤字脱字が多く、もう少し繊細に校閲を行って欲しかったきらいはある。また、口語体を押し進めた結果、慣れるのに手間取る点についても配慮が欲しかった。そうした、編集レベルでの問題点が目につくものの、怪談そのものの出来は素晴らしい。『新耳袋』ファンならば安心して手に取れるし、既に『新耳袋』を古典としてしか知らない、という世代にも是非読んでいただきたい、怪談ファン必読の1冊であると思う。

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