『ダージリン急行』

原題:“The Darjeeling Limited” / 監督:ウェス・アンダーソン / 脚本:ウェス・アンダーソンロマン・コッポラジェイソン・シュワルツマン / 製作:ウェス・アンダーソンロマン・コッポラジェイソン・シュワルツマンスコット・ルーディン、リディア・ディーン・ピルチャー、ロバート・イェーマン / 製作総指揮:スティーヴン・レイルズ / 撮影監督:ロバート・イェーマン,A.S.C. / 美術:マーク・フリードバーグ / 編集:アンドリュー・ウェイスブラム / 衣装:ミレーナ・カノネロ / 映画挿入音楽:サタジット・レイ作品およびマーチャント=アイヴォリー作品 / 音楽スーパーヴァイザー:ランドール・ポスター / 出演:オーウェン・ウィルソンエイドリアン・ブロディジェイソン・シュワルツマンアンジェリカ・ヒューストン、アマラ・カラン、カミーラ・ラザフォード、ウォレス・ウォロダースキー、イルファン・カーン、ビル・マーレイナタリー・ポートマン / アメリカン・エンピリカル作品 / 配給:20世紀フォックス

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間44分(うち13分は短篇『ホテル・シュヴァリエ』) / 日本語字幕:古田由紀子 / 字幕監修:ウェス・アンダーソン

2008年03月08日日本公開

公式サイト : http://darjeeling-movie.jp/

日比谷シャンテ・シネにて初見(2008/03/08)



[粗筋]

 父親の不慮の死から1年、疎遠になっていたホイットマン兄弟は、遥かなる異国インドをひた走るダージリン急行の中で久々に再会した。先日事故に遭って九死に一生を得たという長男フランシス(オーウェン・ウィルソン)は昏睡から目醒めたとき、突如弟たちが恋しくなって、このインド旅行を企画したのだという。

 と、最初こそ殊勝だったフランシスだったが、間もなく本来の仕切り癖を発揮して二人の弟を鬱陶しがらせる。対する次男のピーター(エイドリアン・ブロディ)は父親のサングラスにフランシスのベルトなど、家にあるものを勝手に着服している形跡があり、三男のジャック(ジェイソン・シュワルツマン)は車内で見初めた乗務員のリタ(アマラ・カラン)に色目を使いながら、元恋人の動向に一喜一憂している。

 フランシスが靴を盗まれたり、ピーターが購入した毒ヘビを逃がしてしまったり、最後には列車が本来の路線を外れて迷子になってしまったり、と細かな災難に見舞われながらも旅を楽しんでいた兄弟だったが、しかし不安定な精神状態を反映してか奇行の目立つ彼らは車掌に目をつけられ、取っ組み合いの喧嘩をしたことを契機にとうとう急行から放り出されてしまう……

[感想]

ザ・ロイヤル・テネンバウムス』といい『ライフ・アクアティック』といい、誰ひとり顔の似ていない、崩壊寸前の家族をユーモラスに描き出してきたウェス・アンダーソン監督だが、最新作である本篇もまた同様に、とてもユニークな顔ぶれの家族が絆を再構築していく様をユニークに綴っている。

 いちおう分類上はコメディになるのだが、率直に言えばアンダーソン監督作品のユーモアはあまり笑いに繋がらない。状況の積み重ねによって次第次第に口許が緩んでくる、といった感じだ。本篇はその傾向がいっそう強く、序盤は兄弟達の奇行ばかりが際立って、戸惑いこそすれあまり笑えない。しかし、中盤以降でそれらがうまく拾い上げられていき、爆笑とはいかないがしばしばニヤニヤさせられるようになる。いわば計算された笑いであり、コメディと言って十把一絡げに、常にあちこちで笑いを誘われる、というものを期待していると序盤で乗れなくなってしまうだろう。

 しかし、そうは言い条、序盤でさえあまり退屈な印象を齎さないのは、演出の呼吸が非常に巧いことの証左である。もともとキャラクターそれぞれの特異な要素を鏤めていくだけで観客の耳目を惹くことが可能なくらいに個性的な面々だが、その個性が滲み出る場面、タイミングをよく考慮しているので、気づくと引っ張り回されている感じだ。

 惹きつけられる理由には、インドという主要登場人物にとって間違いなく異国を扱っているにも拘わらず、あまり無理矢理に馴染ませようとしていない点がある。異国情緒といったものを乱暴に掻き立てようとせず、あくまで主役たる三兄弟に理解できる範囲で取り込んでいる。それ故に不自然でなく、けれど独特の旅情をもって画面から観客へと伝わってくる。インド映画で描かれているものとも、ましてハリウッドなどで描かれるインドとも異なる雰囲気が、作品に奇妙な魅力を齎しているのだ。

 他方で、本篇は全般に細かい部分についてあまり説明しようとせず、それによって牽引している傾向がある。例えば、三兄弟は冒頭の時点でかなりぎこちない空気を醸しているが、その仲違いの原因については結局最後まで明白にされない。また、別れていた間の三人の行動についても深く語られることはない。唯一、三男のジャックについては、本編の製作前にもともと別プロジェクトの一環として撮影されたというプロローグ的な短篇『ホテル・シュヴァリエ』を冒頭に添える形で、離れている間の様子を僅かに描写しているが、しかしこれとて決して必要でも重要でもない。この短篇で三男の恋人として出演しているナタリー・ポートマンが本篇中にも終盤のイメージ映像部分登場していることでいちおう繋がりは生じているが、他にもろくすっぽ登場しなかったピーターの妻アリスがそこには顔を見せているし、何より本篇オープニングでピーターに追い抜かれるだけの役割だったビル・マーレイまで描かれているのがいい証拠だろう。

 あくまで本篇の焦点は、すれ違いをしていた兄弟達が旅を経て少しずつ心を寄せ合う様を描くことにある。このさり気なく優しいラストシーンが沁みるのは、決して詳述されなくとも、きちんと過去や背景の存在が窺えるからであり、その先にある穏やかな心情が伝わってくるからこそ、である。

 観ているあいだは必ずしも笑えず、時折ニヤッとしてしまう程度だが、しかしもし結末が気に入ったのなら、観終わったあとで振り返ると細かなシーンで微笑ましさを覚えるはずだ。クセのある作風故、好き嫌いは確実にあるだろうけれど、もし嵌ればこれほど愛おしくなる映画もそうそうない。

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