『NEXT ネクスト』

原題:“NEXT” / 原作:フィリップ・K・ディック『ゴールデン・マン』(ハヤカワ文庫SF・刊) / 監督:リー・タマホリ / 脚本:ゲイリー・L・ゴールドマン、ジョナサン・ヘンズリー、ポール・バーンバウム / 製作:ニコラス・ケイジ、トッド・ガーナー、ノーム・ゴライトリー、アーン・L・シュミット、グラハム・キング / 製作総指揮:ゲイリー・L・ゴールドマン、ベンジャミン・ウェイスブレン、ジェイソン・クルニック / 撮影監督:デヴィッド・タッターサル,B.S.C. / 美術:ウィリアム・サンデル / 編集:クリスチャン・ワグナー / 衣装:サーニャ・ミルコヴィッチ・ヘイズ / 音楽:マーク・アイシャム / 出演:ニコラス・ケイジジュリアン・ムーアジェシカ・ビールトーマス・クレッチマン、トリー・キトルズ、ピーター・フォーク / サターン・フィルムズ&ブロークン・ロード製作 / 配給:GAGA Communications

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:林完治

2008年04月26日日本公開

公式サイト : http://next-movie.gyao.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/05/07)



[粗筋]

 クリス・ジョンソン(ニコラス・ケイジ)はラスベガスにて、フランク・キャデラックの芸名で手品師としてショーを受け持っている。だが、彼のマジックの一部は、決してトリックに支えられていなかった。クリスの備える特殊能力は、およそ2分間程度先に、自分の身に起きることだけを知ることが出来る、極めて限定された予知であった。

 ある日、カジノでトラブルに巻き込まれ、命からがら隠れ家に舞い戻ったクリスは、そこで警察とは別の人々が、思いがけぬ用件で自分を訪ねてくることを察知する。彼が幻視したのは、ロシアから核が密かに搬入され、テロ集団によって爆発させられる見込みがあり、それを彼の力によって回避するべく、捜査官のカリー・フェリス(ジュリアン・ムーア)がやってくる光景だった。過去の経験から厄介事を忌み嫌うクリスは、FBIが殺到する前にその場を離れる。

 だがそれでも、長いこと続けている習慣をやめようとはしなかった。クリスが予知できるのはせいぜい2分間、だがひとつだけ、いつのことなのか特定できない未来を見ていた。食堂、時計の針が8時9分を指したとき、現れる女性に自分は恋をする。

 奇しくもFBIが現れた翌朝に、その瞬間は訪れた。女性が席に着くと、クリスは予知を重ね、とうとう彼女に近づくことに成功する。彼女の名はエリザベス・“リズ”・クーパー(ジェシカ・ビール)。ネイティヴ・アメリカンの居住区に立ち入る許可を得て、子供達に教育を施している人物だった。出会いのときの経緯からクリスに信頼を抱いていたリズは、遠出をするはずだったが車を盗まれて身動きが取れない、という彼を、居住区への寄り道込みで送り届けると約束する。

 その道程のあいだに、クリスの人柄と不思議な魅力にリズも惹かれ、雨に道を封鎖され折り返して逗留したモーテルで二人は結ばれた。だが、たった2分間の予知能力しかないクリスはまだ気づいていなかった。二人のいるモーテルを、クリスを確保するべく血眼になるカリー率いるFBIたちと、そしてクリスが自分たちの脅威になると察知したテロ集団たちが包囲していることを……

[感想]

 近年になって、フィリップ・K・ディックの小説がたびたび映画化されている。原作に極めて近いアプローチで描かれた『クローン』、主題を巧みに換骨奪胎してディストピアの香気に満ちたアクション映画に仕上げた『マイノリティ・リポート』、原作の根本にあるアイディアを軸にSFではなく現代のアクション・サスペンスとして再構築した『ペイチェック 消された記憶』、その精神を忠実に再現している点では屈指の逸品『スキャナー・ダークリー』――こと娯楽映画については、原作が存在するというだけで悪いイメージがつきがちだが、フィリップ・K・ディックは比較的幸運な例外ばかりとと言えるだろう。

 今後も企画が目白押しという噂のディック作品群だが、現時点で最新作となる本篇は、しかし原作と謳われる『ゴールデン・マン』を読んだうえで、映画についての予備知識なしに劇場に足を運ぶと、ある意味で度胆を抜かれるだろう――ほとんど形骸を留めていないからだ。原作から引き継いでいる部分と言えば、主人公の名前と、彼が2分程度の予知が出来るという点、そして逃走に予知を用いるくだりぐらいである。原作では主人公は黄金の肌と美しい顔立ちを備えている上、本人は一切喋らないために、予知能力など彼に関する情報はすべて他の視点人物によって語られるだけである。

 しかし、そうしてアイディアの一部を取り出し大幅に作り直したことで、原作を意識させなくしたのは却って懸命だった。原作に愛着があっても、身構えるまでもなく別物として楽しめるし、またアイディアを様々な手法で活かした本篇の作りには好感さえ覚えるに違いない。

 逃走するくだりからして、いつどこから誰が現れるか解らない、という緊迫感よりも、主人公クリスの数歩先を読んだ行動の面白さで見せており、まずそこから他のアクション映画とは違った醍醐味を感じさせる。予知した未来をいったん映像化したあとで時間を巻き戻し、絶妙のタイミングで窮地を乗り越える様を披露する、という手管も、作品に独自の魅力を齎している。とりわけ、運命の人=リズを口説くシークエンスなどは、予知能力などなくても人によっては心当たりのあるシミュレーションを繰り返している様が実に楽しい。

 終盤に至るとこの趣向は更に先鋭化していく。詳述は避けるが、予告編でもちらりと組み込まれているこのあたりのシークエンスにはヴィジュアルの斬新さと共にユーモアさせ感じさせ、終始観る側の気を逸らさないのだ。

 とは言え、完璧な作品かというとそうでもない。FBIのみならず、計画の完遂を目論むテロ組織もクリスを追うのだが、クリスの能力を完璧に把握していないテロ組織が敢えて彼を狙う理由がどうも不充分に感じられ、組織の行動が全般に説得力を欠いている。また、彼の予知を再現するシーンや、人間離れした洞察力が齎す奇跡のアクションシーンにおいて使用されるCGがかなり雑で、あからさまに作り物、合成の雰囲気を残してしまっているのはちと痛い。原作を大幅にいじり現代物にしたのには、膨大な予算を必要とするCGを絞る目的もあったという話だが、これはさすがに力を抜きすぎだろう。予知あってこそのアクションもまた見せ場だというのに、不自然さを留めているのはもったいない。

 だが、基本的に娯楽に徹した本篇では、そのあたりは決して大きな瑕とは感じない。背景についての説明の乏しさは話運びに勢いがあるのでほとんど気にさせないし、むしろ勢いを殺さないために排除している、と考えると評価に値する部分だろう。CGの安っぽさについても、実は解釈次第では評価も可能なのである――というのさすがに穿ちすぎた見方だろうが。

 特に絶妙なのは、クリスの予知に一部、例外を認めたことだ。これが彼の行動を裏付け、終盤のサスペンスを加速させ、更に意外な展開にも奉仕している。

 フィリップ・K・ディックの小説に特有の奥深さは乏しいが、しかし主人公の設定や、意表をついた結末にきちんとその影響を窺わせる。そしてそういう点を抜きにしても気楽に楽しめ、満足感の味わえる、ある意味非常に真っ当なエンタテインメントである。アクションそのものにも奥行きを求める向き、背景や動機がしっかりしていなければ受け入れがたい、という向きには合わないだろうが、アイディアに満ちたアクションとサスペンスを気軽に楽しみたい、という人であれば安心してお薦めできる。

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