原題:“Tropic Thunder” / 監督・脚本・原案・製作・出演:ベン・スティラー / 脚本・原案・製作総指揮:ジャスティン・セロー / 脚本:イータン・コーエン / 製作:スチュアート・コーンフェルド、エリック・マクラウド / 撮影監督:ジョン・トール,ASC / プロダクション・デザイナー:ジェフ・マン / 編集:グレッグ・ヘイデン / 衣装:マーリーン・スチュアート / スタント・コーディネーター:ブラッド・マーティン / 視覚効果スーパーヴァイザー:マイク・フィンク / 特殊効果コーディネーター:マイク・マイナダス / 音楽:セオドア・シャピロ / 出演:ジャック・ブラック、ロバート・ダウニー・Jr.、スティーヴ・クーガン、ジェイ・バルチェル、ダニー・マクブライド、ブランドン・T・ジャクソン、ビル・ヘイダー、ニック・ノルティ、ブランドン・スー・フー、レジー・リー / レッド・アワー製作 / 配給:Paramount Pictures Japan
2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:松崎広幸
2008年11月22日日本公開
公式サイト : http://www.shijosaitei.jp/
[粗筋]
ジョン・“フォーリーフ”・テイバック(ニック・ノルティ)がベトナム戦争での経験を綴ったという『トロピック・サンダー』の映画版は、東南アジアで撮影が進められていた。だがこの撮影は、様々な事情から僅か5日で暗礁に乗り上げてしまう。これが初監督となるデミアン・コックバーン(スティーヴ・クーガン)には、曲者揃いの主要俳優や、多数のスタッフをコントロールしきれず、あっという間に予算を使い果たしてしまったのだ。
難渋したデミアンは、フォーリーフの提案により、前代未聞の奇手でこの難局を乗り切ろうとする。俳優たちを、日々麻薬組織たちの暗闘が繰り広げられる“黄金の三角地帯”と呼ばれるジャングルに置き去りにし、本物の戦闘に晒し、それをジャングルのあちこちに隠したカメラで収めよう、というのである。
フォーリーフ及び爆破コーディネーターのコディ(ダニー・マクブライド)と共にセッティングを済ませ、俳優たちをジャングルに下ろしたダミアンだったが、ここで予想外の事態が発生する。説明直後、ダミアンは現場に残されていた地雷を誤って踏んでしまい、爆死。あまりに鮮やかな“消失”ぶりに、俳優たちもスタッフたちも、事態を認識しないまま、“撮影”が始まってしまったのだ。
参加した――させられた俳優は、次の5名。
タグ・スピードマン(ベン・スティラー)、アクション俳優。SFアクション『スコッチャー』で人気を博すが、無茶な設定のこの映画をシリーズ化し、5まで来て興収はガタ落ち、演技派への転換を志して知的障害者を演じた『シンプル・ジャック』は批評家筋からも酷評され、次回作である本篇が勝負だと言われている。
ジェフ・ポートノイ(ジャック・ブラック)、下ネタ専門のコメディ俳優。ひとりでデブの家族全員を演じた『ファッティーズ』シリーズは大ヒットを遂げているが、私生活は買春に麻薬とスキャンダル漬け。やはり方向転換を画して本篇に参加したものの、依然麻薬は手放せていない。
カーク・ラザラス(ロバート・ダウニー・Jr.)、オスカー5冠に輝く超演技派俳優。役への没頭ぶりは有名で、黒人の軍曹を演じる必要のあった本篇に先駆けて、皮膚を黒くする手術を受けた。だが、あまりに強すぎる演技への情熱は、現場でもしばしば煙たがられている。
アルパ・チーノ(ブランドン・T・ジャクソン)、ラップシンガー。卑猥な文句を連ねたリリックにより人気を博す。演技はこれが初めての経験である。
ケヴィン・サンダスキー(ジェイ・バルチェル)、新人俳優。主要キャストの中で唯一、オーディションによって選ばれた。キャンプすらまともに行わなかった他のキャストとは異なり、軍隊の訓練を受け、フォーリーフによる原作も熟読している、ある意味最も真っ当な姿勢で撮影に臨んでいる。
まさか本当の危険地帯とは気づかないまま、ジャングルに取り残された5人は、再起を懸けたスピードマンを例外として、不安を抱えながらも移動を開始する。だが彼らは知らない――既にスピードマンたちの存在は、ジャングルに潜伏する麻薬組織に感づかれていることを。
[感想]
最近では『ナイト・ミュージアム』が大ヒットとなった俳優ベン・スティラーは、しかしかなり初期から監督としても活動しており、評価もされている。監督としての前作『ズーランダー』は、もともとテレビ番組などで使用していたスーパーモデルという設定のキャラクターを駆使して長篇に仕立てあげた作品だが、非現実的な描写が無数にありながら話には筋が通っている、という怪作で、私自身含めファンも多い。
久々の監督作品となる本篇もまた、実に手の込んだ作品である。骨子は、企画が頓挫しかかった映画を救うため、俳優を麻薬組織の徘徊するジャングルに置き去りにし、本物の危険と背中合わせのなかでの演技をカメラに収めようとしたら、本当に衝突する羽目に……とごくシンプルだが、そのシンプルな発想を支えるために、人物設定や背景を緻密に補強している。
当然ながら著しいのは、主な道化役となるスター級の3人である。物語以前に、『グラインドハウス』を彷彿とさせるフェイクの予告編を挿入し、メイン3名のこれまでの仕事とその方向性とをはっきり示唆しておく。続いて、戦争映画を撮影している光景そのものを描いて、3人のいまいち噛み合わないやり取りを経て、本題へと入っていく。この過程で示される、3人の個性が明瞭で、だからこそジャングルに置き去りにされてからのどこかちぐはぐな言動にリアリティが備わっている。
タグ・スピードマンにしてもジェフ・ポートノイにしても、作中しばしば触れられるかつての出演作の内容や言動から、実在の俳優を想起させるのもポイントのひとつである。具体的に誰がこの人、とピンポイントで決めつけられぬよう要素を集約させつつ築きあげられた人物像は、しかし随所で実在する誰かを思い出させて、映画に馴染みのある人ほど笑えてしまう。特にタグ・スピードマンについては、プログラムの中でアクション俳優としての履歴がジャン=クロード・ヴァン・ダムに似ている、という指摘があるが、当のヴァン・ダムが落ち目となった自分自身を演じる『その男ヴァン・ダム』などという作品が日本公開を控えている今、妙な説得力がある。
曲者の俳優とスタジオ上層部との板挟みになって半ばノイローゼになってしまう監督であるとか、やたら冷血なプロデューサーにそのイエスマンのアシスタントとか、ハリウッド映画の現実を誇張し皮肉っていると思しき部分の作り込みが著しいが、しかし具体的に誰の何を揶揄している、というわけではないので過剰に意識はさせないし、また予備知識が鳴くともその素行だけで充分に楽しめる。なまじ自らも関与している業界を扱っているからこそだろうが、慎重な匙加減が施されていて、内部の人間でも素直に愉しめそうな作りになっているのだ。
アクション・シーンの作りにもまったく手抜きがないのが素晴らしい。冒頭、作中作としての『トロピック・サンダー』撮影のくだりでさえ、飛び交う銃弾やヘリの轟音、そして失敗に終わる爆破シーンなど、いずれも音響が繊細に作られているので、展開には不自然さがあっても、インパクトは著しい。そしてこの不自然さは、終盤にて繰り広げられる、作中においては“本物”扱いされる戦闘シーンにリアリティを加味する役にも立っている。序盤で覚える違和感を払拭することで、アクション映画的にはリアルでも、やはり現実的とは呼びがたい銃撃戦や命からがらの脱出劇にいっそうのインパクトを追加しているのだ。撮影に、戦争・アクション映画での経験も豊富な人物を起用している点からして、本気を感じさせる。
……と、仔細に検証してみたが、基本的にコメディ映画というのは観ているあいだ楽しめて、あとにスッキリとした爽快感が残れば本来、言うことはない。そこに不自然さや夾雑物が多いとモヤモヤとした不快感を留めてしまう危険があるが、本篇はその意味で理想的な仕上がりであることは間違いない。
本筋以外にも楽しみは多く、『ズーランダー』でもそうだったが、著名な俳優が多数カメオ出演しており、それを捜すのも本篇の面白さのひとつだ。だが、そんな中でひとり、扱いとしてはカメオ出演、その上特殊メイクで容貌も大幅に変わっているので、予備知識がないと発見できない人物がいるが、その人に至っては、主役さえ食ってしまう大活躍を披露している。あれでカメオと言われても、という存在感だが、大スターであるその人物の新たな魅力を発掘してしまったことも本篇の評価を高めている。
冒頭の偽予告編では、別の制作会社のロゴ(たぶん本物)を借りてきたり、アカデミー賞授賞式の場面では相応しい俳優を揃えて席に座らせたり、と細部のこだわりも愉しい、実に優秀なコメディ映画である。アメリカで公開された頃には、化物の如き大ヒットを放っていた『ダークナイト』を、勢いが衰えていた頃とはいえ、押しのけた上でトップに君臨し、3週守り抜いたのも納得の出来である。
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