監督・脚本:矢口史靖 / 企画:石原隆、小形雄二、島谷能成、中村光孝 / 製作:亀山千広 / エグゼクティヴ・プロデューサー:桝井省志 / プロデューサー:関口大輔、佐々木芳野、堀川慎太郎 / 脚本協力:矢口純子 / 撮影:喜久村徳章 / 照明:長田達也 / 美術:瀬下幸治 / 装飾:秋田谷宣博 / 編集:宮島竜治 / 音楽:ミッキー吉野 / 主題歌:フランク・シナトラ『Come Fly with Me』 / 出演:田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか、吹石一恵、田畑智子、寺島しのぶ、岸部一徳、笹野高史、菅原大吉、田中哲司、ベンガル、田山涼成、正名僕蔵、藤本静、平岩紙、中村靖日、肘井美佳、森岡龍、長谷川朝晴、いとうあいこ、森下能幸、江口のりこ、宮田早苗、小日向文世、竹中直人、木野花、柄本明 / アルタミラ・ピクチャーズ製作 / 配給:東宝
2008年日本作品 / 上映時間:1時間43分
2008年11月15日日本公開
公式サイト : http://www.happyflight.jp/
[粗筋]
その日、副操縦士・鈴木和博(田辺誠一)は昂揚していた。機長昇格のための研修を積み重ねてきた彼だったが、今日のホノルル行き1980便の乗務を無事に済ませれば、遂に昇格が叶う。教官の望月(小日向文世)は温和な人柄で、もはや昇格は決定的だ、と楽観的に構えていた鈴木だったが、当日出勤してみると、望月はインフルエンザにやられている。替わりに鈴木の教官として現れたのは、威圧感バリバリの原田(時任三郎)――鈴木の昂揚は一転、極限の緊張にすり替わっていた。
一方、同じ日のホノルル行き1980便で、初めての経験をするキャビン・アテンダントがいた。彼女の名は斉藤悦子(綾瀬はるか)。本人以外は誰もが認める天然娘だが、国内線での勤務を無事に乗り切り、この日から国際線に搭乗することになったのだ。しかし、同乗するチーフ・パーサーの山崎麗子(寺島しのぶ)は如何にも厳しそうな雰囲気で、先輩の田中真里(吹石一恵)も暢気な悦子に対して容赦がない。楽天的な悦子も、さすがに緊張を禁じ得なかった。
悩んでいるのは新人だけではない。チケットの発券や発着する便への案内などを行うグランド・スタッフに就いて5年の木村菜採(田畑智子)は、労多くして益なし、出逢いも乏しくすっかり縁遠くなってしまった自分を嘆き、いちど仕事を離れようかと考えはじめていた。しかし彼女のそんな切実な悩みなどお構いなしに、仕事か始まれば考える暇もなくなる。1980便が座席を売りすぎて、一部乗客のクラス替えが必要になったのだが、温厚そうなビジネスマンを選んで変更を願い出たところ、大きすぎる荷物を持ち込んでキャビン・アテンダントと揉めてしまった。更には、新婚旅行の花嫁が「死ぬのは厭」とトイレに閉じこもって搭乗を拒否する騒動まで発生、飛行機はなかなか飛び立てそうもなかった。
内でも外でも、日常的に繰り広げられる騒動の果てに、ようやくホノルル行き1980便は出航した。だが、本当のトラブルはこれから始まるのだということに、気づいていたのは空港の外からフライトの様子を眺めていた飛行機マニアたちだけであった……
[感想]
『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』と、偶然の成り行きから意外なジャンルに挑んで成長していく高校生の姿をコミカルに、そして最後には爽やかな感動を添えて描き出してきた矢口史靖監督の4年振りとなる最新作は、しかしそうした傾向からちょっと趣を違えている。
中心となるキャラクターはパイロットとキャビン・アテンダント、舞台は空港および旅客機内。いちおう両者の奮闘と成長とを軸にしているが、この監督としては有り体な素材に映る。旅客機や空港を舞台とした物語というのは、映画においてはそれがジャンルとして数えられることもあるくらいで、珍しさはない。
だが矢口監督の一筋縄でいかないところは、そこに更に多くの視点を付け加えていることだ。粗筋で触れていないが、他にも整備士や管制官、一般的に馴染みのないオペレーション・コントロール・センターにおいても、ホノルル行き1980便に絡んだ物語が繰り広げられる。こと、実はパイロットやキャビン・アテンダント以上に一般の利用客が接する機会が多いはずなのに、物語の世界で触れられることの少ないグランド・スタッフに焦点を当てたあたりはさすがである。
とのわけそのグランド・スタッフを描く上で、新人ではなく中堅どころに位置する女性を中心としているのに注目していただきたい。彼女のように成長よりも、自分を見なおす姿を描くことで、従来の矢口作品になかった感覚を本篇に齎しているのだ。
また本篇は、多視点同時進行というスタイルを取っている点でも従来と趣を違えている――とはいえ、もともと矢口監督はこういう手法に馴染みやすい作風を持っていた。決して突飛ではないが、きちんと個性を際立たせたキャラクターを多数埋め込んで、細部で笑いを作りあげていくスタイルを敷衍していくと、多視点に行き着くのは必然的であった。
中心人物を絞り込んだ従来の作品よりも、個々のエピソードの数や掘り下げが不充分になったきらいはあるが、しかし全体での満足感は大きくなっている。旧作よりも人数が増えて、近しい役割に属するキャラクターも増えたが、それぞれに異なる形で存在感を示しており、表現の幅も見せつけている。たとえば最初、副機長の鈴木に威圧感を示していた機長の原田は、いざトラブルに遭遇するとやたらアバウトな側面を見せて細かく笑いを取るし、チーフ・パーサーの山崎麗子は逆に部下を育てるために必要な対処を示して貫禄を見せつける。とりわけ、オペレーション・コントロール・センターのベテランに扮した岸部一徳の“昼行灯”ぶりは鮮烈だった。本当にトラブルに遭遇しないと光を放たず、片づいた途端に元通りの甲斐性なしに戻ってしまうのだが、その姿がいっそ格好良く映るのは見事の一言に尽きる。
そしてもうひとつ、旧作と較べて特徴的なのは、物語の進行のために敢えて行っていた、リアリティを崩すような表現を、最小限に抑えていることだ。『スウィングガールズ』で言えば、いちど抜けていたメンバーが戻ったとき、ほとんど練習をしていないはずなのにあっさりアンサンブルに加わることが出来た、という作品世界のなかでは受け入れやすいものの、冷静に考えると不自然極まりない展開が、本篇においてはほとんど削ぎ落とされている。強いて言えば、離陸の邪魔をする鳥を追い払う役割を担うバードパトロールに絡んだエピソードなど、若干妙な部分もあるし、窮地に陥って鈴木が発揮する才能もやや 御都合主義的に映るが、非現実的なレベルには至っていない。新米キャビン・アテンダントの悦子がいちど落胆したあとで示す活躍にしても、予め伏線を用意しており、強引さはほとんど感じない。
これだけ緻密に作られ、ほとんどの登場人物にスッキリとした決着が齎されるわりにはラストがあっさりしすぎているのが勿体なく思えるが、そこはむしろ矢口監督らしさの象徴である。全体に従来と異なったアプローチをしているように思わせて、しかしこれまでに示していた要素や方向性を膨らませた本篇は、矢口監督らしさに満ちあふれた、現時点での最高傑作と言ってもいいだろう。
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