『ロックンローラ』

『ロックンローラ』

原題:“Rocknrolla” / 監督・脚本:ガイ・リッチー / 製作:ガイ・リッチージョエル・シルヴァー、スーザン・ダウニー、スティーヴ・クラーク=ホール / 製作総指揮:スティーヴ・リチャーズ、ナヴィド・マッキルハーゲー / 撮影監督:デヴィッド・ヒッグス / 美術:リチャード・ブリッドランド / 編集:ジェームズ・ハーバート / 衣装:スージー・ハーマン / 音楽:スティーヴ・アイルズ / 出演:ジェラルド・バトラートム・ウィルキンソンタンディ・ニュートンマーク・ストロングイドリス・エルバトム・ハーディ、トビー・ケベル、カレル・ローデン、ジェレミー・ピヴェン、クリス・“リュダクリス”・ブリッジス / ダーク・キャッスル・エンタテインメント製作 / 配給:Warner Bros.

2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間54分 / 日本語字幕:松岡葉子 / PG-12

2009年2月21日日本公開

公式サイト : http://www.rocknrolla-movie.jp/

恵比寿ガーデンシネマにて初見(2009/02/21)



[粗筋]

 世の中には様々な欲望が渦巻いている。金、権力、女、ドラッグ――実際に手に出来るものはそう多くない。だが、何もかも欲しがる人種がいる――それが、ロックンローラだ。

 ここ数年でロンドンはすっかり様変わりし、古い町並みの間隙を突いて高層ビルが次々と打ち立てられるようになっていた。悪党達の投資の対象もドラッグから不動産に変わり、議員達への賄賂など、きちんと筋を通せばチンピラだって大儲けできる。

 ロンドンの顔役として知られるレニー・コール(トム・ウィルキンソン)のそんな甘言に、まさしくチンピラのワンツー(ジェラルド・バトラー)たちはあっさりと騙された。どういうわけか彼らの建築計画は委員会からの承認が下りず、計画は吹き飛んでしまう。ワンツーたちに残されたのは、レニーへの借金だけだった。抑えた土地はそっくりレニーに奪われ、途端に建築計画は承認されたときになって、ワンツーたちはようやく嵌められたことを悟るが、もはや金を返す以外に生き延びる方法はない。

 対象が不動産に変わろうと、駆け引きが生死を分けるという意味では同じだった。ロンドンの高度成長はヨーロッパの資本も呼び寄せる。新たにレニーに接触してきたのは、ユーリ・オモヴィッチ(カレル・ローデン)というロシアの大富豪。今度もたっぷりと上前をはねるつもりでいるレニーだが、しかし対するユーリもまた、クリーンな手段で財産を築いたわけではない。ユーリは自身に幸運をもたらしたという絵をレニーに無理矢理貸し出し、信頼の証と称しながらその足に枷を嵌めてきた。

 大物同士の腹の探り合いは、だが思わぬ展開によって先が読めなくなっていく。

 ひとつめのきっかけは、ユーリのロンドンにおける資産管理を任された会計士ステラ(タンディ・ニュートン)が、ワンツーと通じていたことだった。ゲイの夫と偽装結婚をし、日々危険な出来事に憧れている彼女は、間もなく大金が動くという事実をワンツーに告げ、強奪をそそのかす。決してスマートな犯罪者ではないワンツーたちにとって幸いだったのは、ユーリたちが金を奪われることなど微塵も想定していなかったことだ。呆気ないほど簡単に、ワンツーたちは資金の強奪に成功する。それが、レニーがユーリの建築計画を承認させるために議員に手渡す賄賂だった、ということなど知るよしもなかった。

 一方でレニーの側にも困った事態が発生する。ユーリから預けられた絵画が、盗まれてしまったのだ。レニーは腹心のアーチー(マーク・ストロング)に命じて捜索させるが、結果として嗅ぎ当てた犯人は、ジョニー・クイド(トビー・ケベル)――先頃、海に転落して死んだ、と報じられたはずのロックンローラであり、レニーの義理の息子でもある男だったのだ……

[感想]

 ガイ・リッチーほど派手な紆余曲折を辿った映画監督は珍しいのではなかろうか。

 ミュージック・ビデオの監督からキャリアを興し、スティングの助力を得て初めて撮った長篇映画『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』がいきなり好評を以て迎えられた。続く『スナッチ』ではブラッド・ピットベニチオ・デル・トロを起用しながら、その独自のセンスをより加速させ全世界でヒットさせている。

 このまま行けばヒット・メーカーとして揺るぎない地位を確立していたかも知れないが、長篇第3作『スウェプト・アウェイ』で一気に怪しくなった。彼の才能に惚れ込み、遂に婚姻関係を結んだマドンナをヒロインに起用したこの作品は、だが演出、シナリオ、役者、すべてが噛み合わず、ゴールデン・ラズベリー賞を与えられるという憂き目を見る。続く『リボルバー』ではフランスのヒット・メーカーであるリュック・ベッソンのサポートに、初期2作で中心人物を演じたジェイソン・ステイサムをふたたび迎えて起死回生を図ったが、破綻した内容のためにやはり失敗作に終わってしまった。

 その後、どんな行き違いや感情的軋轢があったのかは知らないが、ガイ・リッチーはマドンナと離婚している。本篇の制作時期は結婚生活が相当に冷え込んでいた頃と一致しているようだが――そうして妄想していくと、ガイ・リッチーの前2作の迷走は、やはりマドンナとの相性が良くなかったのではないか、と失礼な勘繰りをしてしまう。ガイ・リッチー復活、と言いたくなるくらいに、精細を取り戻しているのだ。

 冒頭からして象徴的である。アーチーを演じるマーク・ストロングのナレーションをバックに、鏡の前で悶々とした表情を浮かべるロックンローラ=ジョニー・クイドの姿を撮し、そこから劇画調のオープニングになだれ込む。そこからすぐさま、テンポがいいという表現でも足りないくらいのスピード感で物語が転がっていく。まさに初期2作品を彷彿とさせる作りなのだ。

 とは言うものの、切れ味が鈍っている印象は否めない。『ロック〜』や『スナッチ』でも話が込み入ってくるとテンポは緩み、若干退屈さを感じさせることはあったが、本篇ではその傾向が少し酷くなっている。初期2作のように、作品全体で目指すものが定まっていないために、観る側がどこに関心を持てばいいのか解らない、という構成上の欠点もあるが、それ以上に個々の会話の魅力が乏しくなっていることも事実だろう。複数の視点で綴られるトラブルが一点に結びついていく趣向は本篇でも用いられているが、伏線が不充分であるためカタルシスもやや大人しめになっている。初期2作の強烈なインパクト、痛快さを求めると物足りなさを禁じ得ないだろう。

 だがそれでも前2作に較べれば充分に吹っ切れているし、面白い。魅力が乏しいとは言い条、会話のセンスは取り戻しているし、ユーモアも随所に鏤められていて、剣呑な出来事の中で緩急をうまく演出している。それでいて、ロンドンの環境の変化に合わせて、物語に絡む悪党の個性も初期2作とはきちんと差別化し、クライマックスの趣向にも変化を施しており、単純に初心への回帰としていないあたりに、意欲も感じさせる。

 基本的に群衆劇で誰が主役でもない、というイメージが強かった旧作に対し、本篇は宣伝などでジェラルド・バトラーを前面に押し出しているが、しかし観たあとだと彼が主役だとはとうてい思えない、人を食った配役も面白い。たとえば『スナッチ』はブラッド・ピットが前面に押し出されており、役割も大きかったのは事実だが、語り部ジェイソン・ステイサムが務め、物語の全体像に触れることが出来ていたのもジェイソンひとりであったことを思えば、主役は彼のほかにない、という仕上がりだった。本篇でも、いちばん知名度の高いジェラルド・バトラーよりも、プロローグ部分でナレーションを務め、その後もトム・ウィルキンソン演じるレニーの片腕として裏仕事に奔走するアーチーを演じたマーク・ストロングのほうが遥かに主人公と呼ぶに相応しい。物語としてのキーマンも、やはりジェラルドではなく、題名にあるロックンローラそのものであるジョニー・クイドなのである。

 だがそう感じる一方で、それぞれのキャラクターの個性はくっきりと際立たせてあり、群衆劇としての面白さは秀でている。そしてジェラルド・バトラーは作中いちばん知名度の高い、存在感の発揮できる俳優らしく印象的に振る舞い、ユーモアの部分をきっちりと押さえている。それだけ気を吐いている分、いちばんいいところを脇からさらわれている格好なので、ある意味損な役回りなのだが、そこも含めていい位置づけにいるとも言えるだろう。少なくとも、ジェラルド・バトラー目当てで観に行って不満を覚えることはないはずだ――苦笑いぐらいは浮かべるかも知れないが。

 完全に納得する出来ではなかったし、初期2作のクオリティを求めるとまだまだ、という印象は否めない。しかし、ガイ・リッチー監督の個性がちゃんと作品の魅力に繋がっているという意味では、彼の復活を確信できる内容だった。前2作にすっかりうんざりして、次はどうしよう、と二の足を踏んでいるような方には、とりあえずもう1回劇場に足を運んでみてもいいのでは、と申し上げておこう。

 最後に、至極どうでもいい話。

 本篇の中で、出番は決して多くないが、ある意味いちばん重要な役割を果たす“ロックンローラ”ジョニー・クイドであるが、観ているあいだ私はずーっと彼に、ある人物の姿がダブって見えてしまって仕方なかった。

 誰かというと――芸人の小島よしおである。顔立ちがちょっと似ていてだいたい上半身裸で登場、どこか呂律の回らない言動、といったところが共通しているせいであろう。広告写真などではサングラスをかけた姿で登場しているため解りにくいが、もし本篇に接する機会があったなら、確かめていただ――く必要もないことではあるが。

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