『ザ・バンク 堕ちた巨像』

『ザ・バンク 堕ちた巨像』

原題:“The International” / 監督:トム・ティクヴァ / 脚本:エリック・ウォーレン・シンガー / 製作:チャールズ・ローヴェン、リチャード・サックル、ロイド・フィリップス / 製作総指揮:アラン・G・グレイザー、ライアン・カヴァノー / 撮影監督:フランク・グリーベ / プロダクション・デザイナー:ウリ・ハニッシュ / 編集:マティルド・ボヌフォア / 衣装:ナイラ・ディクソン / 音楽:トム・ティクヴァ、ジョニー・クリメック、ラインホルト・ハイル / 出演:クライヴ・オーウェンナオミ・ワッツ、アーミン・ミュラー=スタール、ウルリッヒ・トムセン、ブライアン・F・オバーン / アトラス・エンタテインメント製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG-12

2009年4月4日日本公開

公式サイト : http://thabank.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2009/04/04)



[粗筋]

 ドイツ、ベルリン駅前の駐車場で、ひとりの男が死んだ。アメリカ検察局に所属するその男トーマス・シューマーは、インターポール所属のルイ・サリンジャー刑事(クライヴ・オーウェン)とともに、イギリスの巨大銀行IBBCの組織犯罪を追っており、その日はIBBC幹部からの情報提供を受けるはずだった。サリンジャーは痕跡からシューマーが暗殺されたと判断するが、現地の警察はサリンジャーの経歴を理由に、捜査の継続を禁止する。

 間もなくサリンジャーは、情報提供者がその翌日にフランスで死んだことを知った。憲兵隊の調書によれば情報提供者アンドレ・クレマンはIBBC頭取ジョナス・スカルセン(ウルリッヒ・トムセン)の家で仕事をしたあと事故に遭ったというが、前日までベルリンにいた現実と矛盾している。サリンジャーは直接話を訊くために、リヨンにあるIBBCを訪れるが、代わりに応対したのは弁護士たち。しかも、その場に立ち会った憲兵隊の幹部は「記録が間違っていた」と情報を訂正、調査を打ち切ってしまう。

 同じ頃、アメリカ検察局でシューマーと共にサリンジャーの捜査に協力していたエレノア・ホイットマン(ナオミ・ワッツ)は、クレマンの未亡人に繰り返し話を訊き、とうとう具体的な言葉を引き出す。ウンベルト・カルビーニに訊いてくれ――

 カルビーニはイタリアの軍事メーカーの社長であり、次期首相と目される有数の実力者だった。訪問したサリンジャーとエレノアに、カルビーニはIBBCの狙いを語る。IBBCは莫大な金銭の流れを作りだす紛争をコントロールし、世界経済の支配を狙っている、というのだ。

 そしてその直後、カルビーニは政治的な演説の最中に狙撃されてしまう。IBBCという巨大な組織の向こうで蠢く影に、サリンジャーたちは慄然とした……

[感想]

 世界的な金融不況に見舞われるなか、絶好のタイミングで公開された本篇だが、当然ながら製作中はここまで深刻な事態が訪れるとは予測していなかったからだろう、作中に金融の軋みが世界の経済を破綻させる、といった描写はない。但し、金融が世界を支配する、ということのおぞましさとその構造の底深さを示している、という意味では、いまいちばんリアリティを感じさせる物語と言えるだろう。

 しかし、背景のリアリティに対して、本篇は物語として少し圧倒されすぎたのか、どうも充分に描ききれなかった印象がある。

 大銀行の策略と思しい事件や事故によって相次いで関係者が殺害され、捜査は幾度も打ち切られる。そういう過程を繰り返していくことで、大銀行の驚異的な権力を示しているのだが、この作品はいまいちその目的が終始不透明なままなので、おぞましさや恐怖よりも釈然としない印象ばかりを強く残す。現実には、事件の表面に現れた情報からは察しきれない複雑な背景があるものだろうが、フィクションでその感覚を描くためにはもっと仄めかす必要があるだろうし、だいいち長年にわたって組織犯罪を追っていた刑事が中心となっているわりには、組織の影響力や捜査に対する反応について無頓着すぎるために、どうもいまひとつ切迫感に乏しくなっている。

 特に、中盤における暗殺では、ある隠蔽工作を施しているのだが、その意図について作中できちんと掘り下げることをしていないので、これといった効果を上げていないのが引っ掛かる。観終わってから検証してみると、色々と複雑な思惑があったことが想像されるのだが、サスペンスの素材として活かしていないのは問題だろう。

 それでも過程は俳優の熱演や、間を活かした演出によって緊張感を生み出しているが、クライマックスに至ると状況に不自然な点も多く、ラストに達してもいまひとつカタルシスを感じられない。前述のように、現実であれば事情も解らず事件が決着してしまうことは頻繁で、観終わったあと裏に隠された真相に勘づくこともあるだろうが、それまでの洗練され緊迫した成り行きのあとでこの決着というのは、肩透かしのきらいが強い。

 否定的な文句ばかり連ねたが、決して退屈なわけではない。沈黙や意味深な台詞を活かし、細かな波乱を巧妙にサスペンスに結実させており、派手なアクションは少ないのに牽引力に富んでいる。台詞に奥行きがあるお陰で、事件そのものでいまいち表現しきれなかった金融経済の深淵を匂わせることにも成功しているが、これにはクライヴ・オーウェンら味のある俳優の起用が効いている。

 また全篇、映像が実に洗練されており、終始見応えがある。世界各地を飛び回る設定を活かし、美しい街並を織りこんでの駆け引きや追跡劇はサスペンス映画としての興趣を充分に盛り上げている。

 とりわけ、終盤に入って、螺旋状の特徴的なデザインを施した美術館を舞台にした銃撃戦は、悽愴でありながら異様な美しさに満たされており、このシークエンスだけでも充実感を齎してくれるだろう。短い中にもリアルなやり取りが盛り込まれ、恐らく二度、三度と観ても味わい甲斐がある。

 全体像にいささかブレはあるし、結末は少々カタルシスに欠き、娯楽作品として徹底しきれなかった嫌味はあるが、狙いはいいし素材も揃っていて、サスペンスとして見応えのある作品に仕上がっている。

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