『正体不明 THEM』

正体不明 THEM (ゼム) [DVD]

原題:“Ils” / 監督・脚本:ダヴィド・モロー、ザヴィエ・パリュ / 製作:リシャール・グランピエール / 製作総指揮:フレッド・ドニギュアン / 撮影監督:アクセル・コスネフロウ / 編集:ニコラス・サーキシオン / 衣装:エリザベス・ミュー / 音楽:ルネ=マルク・ビニ / 出演:オリヴィア・ボナミー、ミヒャエル・コーエン / 配給:KLOCKWORX×TORNADO FILM

2006年フランス・ルーマニア合作 / 上映時間:1時間17分 / 日本語字幕:加藤リツ子 / R-15

2008年1月26日日本公開

2008年8月6日DVD日本盤発売 [bk1amazon]

公式サイト : http://them-movie.jp/ ※既に閉鎖

DVDにて初見(2009/04/17)



[粗筋]

 2002年10月7日。

 学校教師のクレモンティーヌ(オリヴィア・ボナミー)と作家のリュカ(ミヒャエル・コーエン)の夫妻がフランスからルーマニア郊外にある屋敷に引っ越してきてから、3ヶ月が経過した。

 ようやく生活にも慣れ、寛げるようになったその日の深夜、クレモンティーヌは奇妙な物音に目を醒ます。夫にも起きてもらって表の様子を窺うと、彼女が通勤に使っている車が何故か移動していた。

 リュカがじりじりと近づいていくと、車はライトを灯らせ、走り去っていく。侵入者がいる、と警察に通報しようとしたものの、その途中で屋敷の電気が消えてしまった。

 暗闇に支配された屋敷を徘徊する物音と、懐中電灯の光。平穏で静かだった屋敷はいま、異様な気配に包まれていた……

[感想]

 本篇は、ルーマニアで実際に起きた事件に基づいているという。検索をかけると、本篇の感想とともに引っ掛かる可能性があるが、最後に驚きを味わいたい、という方は調べないよう注意していただきたい。

 ただ、そうして引っ掛かる感想の幾つかで、本篇の真相について「日本では似たような事件がけっこう発生しているので、日本人にはさほどショッキングではない」といった趣旨のことを記しているが、その捉え方はやや安易だ、と申し上げておきたい。確かに、同一ではないが想起されるような事件は報じられているが、日本でだけ飛び抜けて多い、というデータは存在しないし、また本篇のなかで描かれたことに衝撃を受けるか否かは、観る側の知識量や認識、感性によって違うだろう。単純にお国柄の違いだけで論じることは出来ない。

 本篇はむしろ、そのアイディアを最後の衝撃として活かすために、ギリギリまで正体を観る側に知らしめないことで、緊張感や恐怖に繋げていった点こそ評価するべきだろう。プロローグ部分にて、本筋とは直接繋がらない親子を襲った悲劇を描き、その中で示した襲撃者の物音、気配をのちに反復して恐怖を盛り上げる。定石だが、本篇は理想的なくらいに巧く使いこなしている。

 極めて限られた舞台の中で、追跡劇の緊迫を描き出す手腕も優れている。物音の距離感で次の動きを想像させたり、シートの垂れ下がった区画でギリギリの追いかけっこを演出してみたり、これらも基本通りだが、最小限の準備で実現しているのには唸らされる。

 本篇の秀逸なところは、セットも特殊効果も最小限に絞った上で、ホラーならではの非日常的世界を築きあげていることだ。最大の舞台となる屋敷は、若い夫婦ふたりだけにしては広すぎるが、逆に彼らの財産でも購入できた(借りられた)のが納得できるくらいに朽ちており、だからこそ同時にホラーらしさを強める材料ともなっている。その一方で、特殊メイクはおろか過剰な血糊に頼っておらず、そうしたグロテスクさに苦手意識のある人であっても、暴力の齎す緊迫感と恐怖とを存分に味わえるような仕上がりになっているのも見事だ――もっとも、本当に血の苦手な人は、血や痛みをまざまざと想像させる演出だけでも嫌悪感を示すものだろうから、本篇だってきっと受け付けないだろうけれど。

 いずれにせよ、血や暴力、超常現象といった過剰なガジェットに頼ることなく、恐怖の蔓延する空間を構築した、ストイックで良質のホラーである。

 この作品により注目を集めた監督コンビはハリウッドに招聘され、アジア産ホラー映画のリメイク『アイズ』を撮っている。オリジナルの精神にほぼ忠実な仕上がりだったが、それ以上でもそれ以下でもない、というのが正直なところだったが、本篇を観たあとだと、そもそも彼らの作風にあまり合っていなかったのではないか、と感じる。

 本篇を観る限り、彼らは超常現象の絡むものや、VFXを導入したものよりも、現実に密接したロケーションやシチュエーションを駆使した、心理的な恐怖を演出するものに向いているのではなかったか。近年はアレクサンドル・アジャを筆頭に、グロテスクな描写を得意とするフランス出身の映像作家が増えているなか、そうしたストイックさを売りに出来る素質を備えていること自体が貴重なだけに、今更ながら勿体ない気がした。

関連作品:

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