監督・主演:役所広司 / 原案:役所広司、中田瑛子 / 脚本:うらら / 製作:小西啓介、高橋増夫、橋荘一郎、熊澤芳紀、久松猛朗、木村研二 / プロデューサー:小西啓介、原田雅弘 / 撮影監督:栗田豊通 / 美術監督:稲垣尚夫 / VFX:長谷川靖 / 編集:上野聡一 / 衣装:宮本まさ江 / 記録:福田花子 / 音響効果:柴崎憲治 / 音楽:タブラトゥーラ、つのだたかし / 出演:瑛太、澤屋敷純一、二階堂ふみ、小林聡美、益岡徹、八千草薫 / 制作プロダクション:ピラミッドフィルム / 配給:PHAMTOM FILM
2008年日本作品 / 上映時間:2時間11分
2009年6月6日日本公開
公式サイト : http://gama-movie.com/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/06/09)
[粗筋]
矢沢拓郎(役所広司)は昨年、億を超える税金を支払うほど稼いだトレーダーである。何億円単位で損失を出すこともあるが、すぐさま取り返す才覚のある拓郎は、田園調布に豪邸を構えた今も日々パソコンを前に株価との格闘を繰り返している。気性は激しいが、理解のある良妻・輝美(小林聡美)と堅実で心根の優しい息子・拓也(瑛太)のお陰で家庭も円満だった。
しかし、穏やかな生活はある日突然、終わりを告げる。拓也の幼馴染みで、ようやく少年院を出ることになった秋葉サブロー(澤屋敷純一)を引き取りに行くはずだったその道中で、拓也は事故に遭い、昏睡状態に陥ってしまった。輝美とサブローが交互に拓也の傍にいるあいだも、拓郎はひたすら株価の動きに注視する。一見マイペースのようだが、拓郎もまた妻や友人と同様に、衝撃に打ちひしがれていた。
ひょんなことから拓也の携帯電話を手にした拓郎は、息子がひかる(二階堂ふみ)という少女と交際していたことを知る。彼女にも事情を知らさなければ、と思った拓郎だったが、偶然手にしているときにひかるからかかってきた電話に出、彼女が自分を拓也だと勘違いしたまま話し始めたのをいいことに、拓郎はそのまま拓也を装ってしまった。
本当のことを言えないまま、拓郎は彼氏としてひかるの電話に応え、サブローは病院の床に就いたままの友人に語りかける。ある晩、ほんの一瞬目醒めてサブローに応えた拓也は、眠るように息を引き取ってしまった。
自分が少年院にさえ入らなければ、拓也が死ぬことはなかった、と気に病むサブロー。拓也のフリをしてひかるの電話を受け続ける拓郎。それぞれに罪悪感を抱えながら、いまひとつ反りの合わないふたりは、拓也の遺骨を撒くために揃って海へ赴く。
だが、「海の底は冷たくて寂しい」というサブローの呟きに、拓郎はあっさり海への散骨をやめてしまった。かくて拓郎とサブローは、遺骨を撒く場所を求めて、各地を彷徨いはじめる……
[感想]
ほぼ毎年のように賞レースに名を連ね、『SAYURI』や『バベル』といった海外の作品でも重要な役どころで出演することの多い、名実ともに日本を代表する俳優のひとりである役所広司が初めて自らメガフォンを取った作品である。
これまで制作面に深く関わってきた、という経歴もないあたり、必ずしも最終的に監督となることを志してきたわけではない、と思われる。だからこそだろう、本篇は全体的に構成や語り口にぎこちなさが目立っている。
冒頭では、ほとんど登場人物同士の関係が掴めない。それ自体は普通のことだし、追々はっきりさせていけばいいことなのだが、本篇は全体的に、思わせぶりな演技が随所に挟まれ、少し経ってからその事情が判明する、という手法を多用しすぎている。この手法は、物語の軸が何処にあるのかがはっきりしているほど効果を上げるのだが、本篇はそもそも誰が主人公なのかすらいまいち明瞭としないままなので、話全体があやふやな印象にしてしまっている。加えて本篇は後半に向かうほど幻想的な要素が増していくので、説明が説明として機能しなくなっている部分も多い。
監督が俳優であるため、出演者の演技を拾うことに気を配っているせいもあるのだろう、登場人物それぞれが物語に絡む配分がかなり乱れていて、中心人物が誰なのか解りにくいのも難点だ。序盤では瑛太が演じる拓也が主人公のように見えるのだが、彼が事故によって事実上退場すると、父・拓郎に描写を傾けながらも友人・サブローも妙に重点的に描かれている。かと思えば、拓也の恋人・ひかるの立ち居振る舞いがやたらと魅力的に印象的に挿入される、といった具合で、いまいち焦点が定まらない。それこそ前述の『バベル』のように、複数の人物、舞台での出来事が重層的に主題を奏でているような趣向ならともかく、本篇の場合は終盤で登場するガマの油売りのエピソード、何より締め括りのひと幕から、軸を拓郎に置きたかったことが察せられる。主題も焦点も、だいぶ暈けてしまっている。
だがその代わりに、俳優の演技の良さを丁寧に、丁寧に抽出していく手管は素晴らしい。拓也とひかるのおままごとめいた恋愛の様子と、その前提があってこそ滑稽で切なさの滲む拓郎とひかるの電話越しのやり取りは、拓郎・拓也父子それぞれの個性をきっちり描いているからこそ活きている。拓也の事故について負い目を抱き、無口であるが故に拓郎にはいまいち理解されないながら、静かで目立たない優しさで周囲を気遣う。演じている澤屋敷純一はもともと格闘家で、これが初めての演技だというが、そのぎこちなさ、素直さが人物像に合って好もしい。
小林聡美は拓郎の妻・輝美と中盤以降に登場するガマの油売りの妻の二役を演じているが、いずれも古風な日本人女性を思わせるたおやかさと芯の強さを湛えており、出番は決して多くないのに圧倒的な存在感を発揮している。脇役ながらある意味タイトル・ロールであるガマの油売りは役所監督と親交の深い益岡徹が演じているが、これまでになくユーモラスな演技で強い印象を残す。
本篇に登場する人物は誰も彼もやたらと不器用で、とても心根が優しい。だからこそ物語を覆う空気はとても穏やかで、不思議な切なさを湛えているのだ。これが演技初体験であるひかる役の二階堂ふみとサブロー役の澤屋敷純一、いずれもまだまだ演技としてはぎこちないのだが、それが魅力を発揮できているのは、ふたりとも本来の個性に似合った人物像を与えられているからと、作品全体の空気がその良さを引き出す暖かさに満ちているからだ。
語り口やエピソードの配分が拙いためになかなか掴みにくいのだが、本篇の主題自体は普遍的で、誰しも経験する出来事を採り上げている。決してうまくはいっていないが、中心に近い登場人物すべてについて、その主題について決着をつけようとした誠実さは疑いようがない。そして、冒頭の描写と重なるラストシーンは、欠点を充分に補って快い感動で余韻を彩る。
作りのぎこちなさも含め、全篇を覆うぎこちなさが愛すべき魅力を感じさせる、不思議な作品である。上出来とはいいにくく、演技で魅せたい部分にも癖があるので、誰しも評価はしないだろうが、嵌ればきっと、いつまでも愛でていたくなるはずだ。
余談。
私がこの作品を鑑賞したのは、近ごろすっかりホームグラウンドのように利用しているTOHOシネマズ西新井である。1フロアに10のスクリーンがあるのだが、私が鑑賞した際、本篇のちょうど隣にあるスクリーンで上映していたのが、『余命1ヶ月の花嫁』だった。
……瑛太が演じる男性の恋人が重い病を患い、余命わずかと宣告されるなかで、あえて挙式を行ったという実際の話に基づく映画である。偶然なのだろうが、壁1枚挟んでとんでもないことになっていた。
関連作品:
『パコと魔法の絵本』
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