原題:“Rocket Men” / 監督・脚本・製作総指揮:リチャード・デイル / 製作:マイケル・ロビンス、マイク・ケンプ、ティム・グッドチャイルド、ピーター・パーナム / ポストプロダクション・スーパーヴァイザー:リチャード・ロイド / 編集:ピーター・パーナム / サウンド・デザイナー:ピーター・バルドック / リサーチ:ダン・バリー / 音楽:リチャード・ブレア=オリファント / 日本版主題歌:ゴスペラーズ『
2009年イギリス作品 / 上映時間:1時間38分 / 日本語翻訳・演出:寺本彩 / 翻訳監修:毛利衛
2009年8月21日日本公開
公式サイト : http://www.we-love-space.jp/
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2009/08/21)
[粗筋]
宇宙開発黎明期、その背景にはアメリカとソビエト連邦の冷戦があった。版図を陸地から宇宙へと拡げることを画策した大国は競い合うように宇宙開発を行うようになる。
その過程で、アメリカ国立航空宇宙局――通称NASAは誕生した。その年、1958年より本格的にロケットの発射実験は繰り返され、1961年にはまずチンパンジーのハムを乗せた宇宙船が大気圏を突破しての航行ののち無事に帰還、4月にはロシアに一歩先んじられたものの、翌5月にアラン・シェパードがアメリカ人として初めての有人宇宙飛行を成功させる。
そして、時の大統領ジョン・F・ケネディはスピーチの中で、大いなる野望を口にした。今後10年のうちに、人類を月に着陸させたい、と。彼の発言を号令に、いよいよ米ソの宇宙開発戦争は熾烈化し、それはやがて“アポロ11号”へと結実していくのだが、そこに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったのだ……。
[感想]
日本では同じ2009年の初頭に公開された『ザ・ムーン』は、NASAの宇宙開発の過程において実際に月の大地を踏んだ、或いは月面探査に協力した人々へのインタビューを中心に、彼らの経験や、宇宙に対する率直な想いを汲み取っていったドキュメンタリーであったが、本篇はそれとは極めて対照的な作りになっている。
インタビューは一切行っていない。本篇の軸となっているのは、NASAに長年秘蔵されていた映像の数々である。宇宙飛行士たちが宇宙船内で回したカメラや、宇宙船の内外に設置されたカメラが捉えた映像のなかから厳選したものを、繊細な工程を経てHD画像にし、編集したということらしい。
恐らく宇宙開発に関心を抱いている人にとっては、興味深い映像が目白押しなのだろう。最初の月面着陸の模様や、特筆すべき大事故の映像は繰り返し目にしているが、2度目以降の月面着陸や、訓練段階の模様を収めた映像などはなかなか観る機会がない、というのは素人でも解る。
ただ、如何せん素人ではその貴重さは判断しづらい。そのため、あまり観た覚えはない映像ばかりでも、何となく想像のつくものばかりで、さほど珍しいという感想を抱かなかった、というのが正直なところだ。たとえば、アポロ計画最後の月面着陸の様子を撮影した映像で、飛行士たちが交わす会話は初めて聞くものでも、関心を抱いたり感慨を新たにする、というのはやはり宇宙開発に前々から興味を持っている人ぐらいのものだろう。
しかし本篇は、宇宙開発への関心の有無に拘わらず、愉しむことが出来るはずだ。尺が限られているから、というのも大きいのだろうが、あまり細部について過剰に掘り下げたり、専門用語をこれ見よがしに弄ぶこともなく、NASA開局から現在に至るまでの経緯をごく平明に綴っている。NASAが設立しました、即、月に人を送りました、ではなく、冷戦を背景とした米ソの宇宙開発競争のなかで着実に技術を発達させていき、ケネディ大統領が月面踏破の目標を掲げたあと、ロケットの開発に宇宙でのドッキング実験など、如何にして困難をひとつずつ攻略していったのか、そしてアポロ計画以降の展開についてもかなりシンプルに描いており、状況が解りやすい。こうしたドキュメンタリー作品はストーリーの構築が難しい分、観る側に退屈を味わわせることが多いのだが、本篇は100%ではないものの、その害をかなりのところまで免れるのに成功している。
本篇の描き方だと、アポロ11号の月面到達は無論のこと、チャレンジャーやコロンビアの事故が宇宙開発の歴史の中で非常に重要な意味を持つことが理解できる。チャレンジャーは宇宙船に人間が搭乗するようになって初めての爆発事故であり、コロンビアは宇宙航行が大気圏脱出だけでなく帰還する際への配慮も必要な、極めて危険な旅であることを再認識させる。当時、ニュースで大きく採りあげられたために知る人の多いこれらの事故も、NASAの歴史に重ねると、やはり見え方が変わってくるのだ。この一点だけでも、本篇には一見の価値があると言えよう。
もうひとつ特筆すべきは、NASAの全面協力により秘蔵映像を採り上げることが出来たからといって、その将来性を安易に認めていないことだ。NASAの方針転換がある意味後退であることを暗に仄めかす論理展開に加え、ラスト間近において、恐らくスタッフ自らが撮影したであろうある映像を挿入、そこに被せたナレーションにより、ネガティヴな未来像にきちんと言及している。論旨はあとに“それでも”と続けることで希望に繋いでいくが、安易に礼賛したり楽観的に物語るよりも、展望に実感が籠もっている。
恐らく宇宙開発に深い造詣のある人でも、蔵出しとなった映像群に感動するであろうし、通り一遍の関心しかなかった人でも、その平坦でない歴史の一端を窺い知るいい機会になる、意義深い映像作品である。題名や題材に少しでも興味があるなら、観ておいて損はない。
関連作品:
『ディープ・ブルー』
『アース』
『ザ・ムーン』
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