原題:“The Men Who Stare at Goats” / 原作:ジョン・ロンスン『実録・アメリカ超能力部隊』(文春文庫・刊) / 監督:グラント・ヘスロヴ / 脚本:ピーター・ストローハン / 製作:グラント・ヘスロヴ、ポール・リスター、ジョージ・クルーニー / 製作総指揮:バーバラ・A・ホール、ジェームズ・ホルト、アリソン・オーウェン、デヴィッド・M・トンプソン / 撮影監督:ロバート・エルスウィット / プロダクション・デザイナー:シャロン・シーモア / 編集:タチアナ・S・リーゲル / 衣装デザイン:ルイーズ・フログリー / キャスティング:アマンダ・マッキー、キャシー・サンドリック / 音楽:ロルフ・ケント / 出演:ジョージ・クルーニー、ユアン・マクレガー、ジェフ・ブリッジス、ケヴィン・スペイシー、ヤギ、スティーヴン・ラング、ニック・オファーマン、ティム・グリフィン、ワリード・F・ズエイター、ロバート・パトリック、レベッカ・メイダー、スティーヴン・ルート、グレン・モーシャワー、ブラッド・グランバーグ / スモークハウス/ポール・リスター・プロダクション製作 / 配給:日活
2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:佐藤恵子 / PG12
2010年8月14日日本公開
公式サイト : http://www.yagi-otoko.jp/
TCC試写室にて初見(2010/08/06) ※試写会
[粗筋]
2003年、雑誌記者のボブ(ユアン・マクレガー)がイラクでの取材を試みたのは、名誉欲――というよりは、浮気をした妻を見返してやりたい一心からだった。
だが、なかなか越境の許可が下りず、クウェートのホテルで油を売っていたボブは、そこで偶然リン・キャシディ(ジョージ・クルーニー)という男に巡り逢い、愕然とする。記者に成り立てのころにボブは、ある人物に取材し、アメリカ軍のなかに密かに結成されていたという超能力部隊の話を聞かされていた。その組織において、2番目の“能力者”として名前を挙げられていたのがリンだったのだ。
ボブの質問に、当初は警戒を示していたリンだったが、不意に超能力部隊の実在を認め、誕生のきっかけとなった書籍を示す。著者の名は、ビル・ジャンゴ(ジェフ・ブリッジス)――超能力部隊創設を軍に提起した張本人であり、リンの師匠にあたる人物である。
書籍に目を通したボブは、その内容に心底胡散臭さを感じながらも、部隊への興味と、戦地で大スクープをものにしたい一心で、国境を越えるリンに同道、道すがらインタビューを実施する。リンが語ったのは、超能力部隊――通称“新地球軍”の想像を絶する、というか想像以下の実態であった……
[感想]
……これはいったい、どう表現したらいいのか。
いわゆる“戦争映画”に分類したいところだが、どうも違和感を覚える。アメリカ軍の中に結成された部隊を題材としているが、結局最後まで“戦っている”感がない。この珍妙な特殊部隊は実在していたらしいので、その一事を採り上げてアメリカ軍、ひいては戦争の愚かさを皮肉りたいのか、とも思えるが、そういう種類の毒もない。話が進むうちに解ってくるが、そもそもこの部隊はいちおう戦闘訓練も行っているものの、戦果を期待されて活動しているわけではない。戦争のいちばん醜い場所をとことん避けて通っているので、皮肉が成立しないのだ。
単純にコメディ映画、と呼んでしまうのもちょっと違う気がする。恐らく他に言いようはないのだが、登場人物たちはことごとく大真面目に行動しているのに、それがたまたま笑いに繋がってしまっているので、人によっては同情し、観ていて何とも遣る瀬ない想い、恥ずかしささえ感じてしまうかも知れない。――いや、そういう感覚さえ含めて、一風変わったコメディと呼ぶべきか?
至って風変わりな本篇だが、しかしその魅力を引き出しているのは、絶妙極まりないキャスティングであることは確かだろう。
まず、視点人物となるボブを翻弄するリン・キャシディを演じたジョージ・クルーニーは、もともと渋みのある色男であると同時にコメディでの道化役でも優れた味わいを示していたが、本篇では畢生の、と言っていいほど見事な存在感を示している。言っていることは終始胡散臭いのに、純真に信じ切っている姿が妙に愛らしい。こんな男をさらっと演じられるのはたぶんジョージ・クルーニーぐらいのものだと思う。
その師匠格ビル・ジャンゴに扮したジェフ・ブリッジスも素晴らしい。こちらもニューエイジ的価値観を無邪気に信じ切って、ある程度は部下や周囲を引っ張ってしまう妙なカリスマ性を完璧なまでに体現している。他方、終盤で見せる変化も、往時の精彩を微かに留めた説得力のあるもので、さすが昨年までは無冠の名優と呼ばれていただけのことはある――本篇と恐らくは相前後して製作されたはずの『クレイジー・ハート』で遂に賞に輝いたことは記憶に新しいが、個人的には本篇と併せて評価されるべきだった、と惜しまれるくらいだ。
そして、粗筋には登場させられなかったが、もうひとりのキーマンであるラリー・フーパーを演じたケヴィン・スペイシーも最高だった。ふてぶてしい知恵者に扮して現在右に出る者はいない、と思われる彼の本領を見事に発揮しつつも、その大真面目の行動が設定の馬鹿馬鹿しさと結びついて、ことごとく笑いに奉仕している。たぶん根は本物の悪党と見られるキャラクターなのに、ケヴィンがあまりにナチュラルに演じているから、妙な愛嬌さえ感じられてしまうのだ。
だが、それ以上に最高の嵌り役であり、故に本篇の評価を微妙にしてしまっているのは、間違いなくユアン・マクレガーだ。知っての通り、『トレインスポッティング』で注目を集めた彼は、のちに『スターウォーズ』新3部作で、オリジナル3部作に繋がる重要なキャラクター、オビ=ワン・ケノービの若き日を演じている。そういう俳優が、物語の中でとはいえ、ジョージ・クルーニーに“フォース”の何たるかを説かれ、ぽかんとしているなどと――これは笑っていいのか、呆れればいいのか、どっちなのか。
これらのあまりに最善のキャスティングだけで本篇は成功してしまっている、と言っても過言ではない。最後までいまいち目的は不明だし、いったい何処へ話を持っていくのか解らない苛立ちも覚えるが、そういう不満はいちいち笑いで吹き飛ばしてくれる。クライマックスはある意味無思慮の極み、カオスと言ってもいいほど無茶苦茶なものだが、それでも爽快感を味わえるのは、当事者が最後まで全力で大真面目だからだ。
そして個人的にもうひとつ高く評価したいのは、きっと誰もが疑問に思う部分を敢えてクリアにしないまま終わっていることだ。はっきりしてくれよ、と否定的に捉える向きもあるだろうが、そこが曖昧だからこそ、本篇は妙なリアリティを留められたのだし、登場人物たちの脳天気さを笑っていられる。はっきりと結論を提示されたあとで物語を振り返ると、案外笑えない出来事も混ざっている。
ただ、そう考えるとラストシーンだけは少々余計と言わざるを得ないが、瑕はその程度だ。主題を巧みに消化した脚本、完璧なキャスティング、そして呼吸をわきまえた演出と、ほとんど間然することがない――ただ、あまりによく出来ているからこそ、どういう人に薦めていいのか悩む作品である。とりあえず、メイン4人のうちいずれかひとりでも好きなら観ておいて損はない。間違いなく余所ではなかなか観られない、それでいてハマりまくった演技を堪能出来るはずだ。
関連作品:
『戦争のはじめかた』
『ハート・ロッカー』
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