原題:“大事件” / 監督:ジョニー・トー / 脚本:チャン・ヒンカイ、イップ・ティンシン、ミルキーウェイ・クリエイティヴ・チーム / 製作:ジョニー・トー、カオ・バオ / 製作総指揮:ジョン・チョン、ヤン・ブーティン / 撮影監督:チェン・シュウキョン / プロダクション・デザイナー:ブルース・ユー / 編集:デヴィッド・リチャードソン / 衣装:スティーヴン・サン / スタント・コーディネーター:ユエン・ブン / 音楽:ベン・チャン、チュン・チーウィン / 出演:ケリー・チャン、リッチー・レン、ニック・チョン、ラム・シュー、ユウ・ヨン、マギー・シュー、サイモン・ヤム、チョン・シウファイ、ホイ・シウホン、ディン・ハイフェン、リー・ハイタオ / 銀河映像(香港)有限公司製作 / 配給:タキ・コーポレーション
2004年香港・中国合作 / 上映時間:1時間31分 / 日本語字幕:鈴木真理子
2005年12月3日日本公開
2006年5月5日DVD日本盤発売 [amazon]
DVD Videoにて初見(2010/08/09)
[粗筋]
香港の路地の一角で、現金輸送車強盗犯と、それを追っていたチョン警部補(ニック・チョン)ら捜査課の面々とのあいだで銃撃戦が発生した。偶然現場に居合わせたテレビ局のカメラが、捜査に関係のなかった制服警官が諸手を挙げて命乞いをする様子を撮影、放送したことで、警察に対する批難の声が上がる。
威信回復のために、レベッカ・フォン警視(ケリー・チャン)が提案したのは、捜査の様子をショーに仕立て上げ、犯人確保の瞬間を撮影した映像を積極的にマスメディアに流す、というものだった。警察のイメージを良くすることが、信頼の回復に最も効果的だ、というのである。ウォン副総監(サイモン・ヤム)はこの策を支持、事件はレベッカ警視が指揮する組織犯罪課が担当することになった。
しかし、長い時間を費やして強盗犯を炙り出しつつあったチョン警部補は諦めきれず、上層部の指示を無視して、部下たちを動員し捜査を継続する。結果、潜伏先と見られるアパートを特定したが、そのときには既にフォン警視の命令で動いていた情報課が張り込みを行っていた。
同じ頃強盗犯たちは、警察が犯人逮捕に躍起になって、次の犯行まで予測していないと察知、敢えて計画を強行するための準備に入っていた。そのとき、外に出ていた犯人のひとりがチョン警部補たちと遭遇、銃撃戦となり、現場は一気に緊迫する。
すぐさま現場に駆けつけたフォン警視は、早速マスコミを呼び寄せ、突入する警察隊にカメラマンを同行させると、警察の功績を高らかに訴えるよう、編集した映像を流しはじめる。だが、対する強盗犯も、これに意外な形で対抗した――
[感想]
ジョニー・トー監督は非常にカラーの明確な作り手である。『ザ・ミッション/非情の掟』に代表される男臭さに溢れたアクション・ヴァイオレンスに、『ターンレフト ターンライト』のような意外なラヴ・ロマンス、それに『マッスルモンク』のような異色作も存在するが、基本的に一致しているのは、シナリオに計算が行き届いており、映画ならではの工夫を感じさせる映像が何処かしらに存在する、ということだ。
本篇について言えば、まず冒頭だ。路地のあいだとビルの中とをカメラが自在に行き来し、数分間ワンカットで展開する。不意の出来事で銃撃戦に突入するまで、いちどもカメラは切り替えない。ツカミとして始めにハッタリを仕掛ける、という手法とも取れるが、もし映す対象ごとにカメラを設定し、編集で切り替えていたとしたら、事件の全体像が把握出来ず、観る者が困惑していた可能性もある。また、作品の佳境であるアパートを舞台にした駆け引きの前に、複数の視点が絡みあう独特の語り口に、観客を慣れさせようという意図もあったと捉えられる。
だが何と言っても本篇の見所は、強盗犯たちが潜伏したアパートを舞台に、マスメディアやネットワークを活用して繰り広げられる情報戦である。イメージアップ、という大前提のために、マスコミに対して積極的に、自分たちの正当性を印象づける素材を提供する警察に対し、強盗犯も混乱した警察側の対応を察したうえで罠を仕掛けたり、籠城した部屋の住人が持っていたパソコンを利用して警察の主張とは異なる映像を流したり、とミニマムな、だが効果的な戦術で応じる。随所でジョニー・トー作品らしい銃撃戦を盛り込みつつ、基本となるアイディアを活かした物語を繰り広げるあたりは、さすがの貫禄だ。
しかし観終わってみると、あまり釈然としない、満足出来なかった、という感想を抱く人は少なくないように思う。終盤の結末が、情報戦の終焉として眺めると、どうも肩透かしの印象を禁じ得ないからだ。
趣向としては悪くない。決して独創的なものではないが、ストーリー展開上必然的な着地ではあったし、ドラマをこういう形で昇華させるのはジョニー・トー監督のお家芸でもある。だが、それまでの“情報戦としての面白さ”が充分に活かされた結末でないので、いまひとつカタルシスに結びつかない。強盗犯の末路にも警察の選んだ幕引きにも無常観が漂い、味わいはあるのだが、観客に期待させたものとは異なるので、どうもしっくり来ない危険があるのだ。
思うに、このイメージ戦略を基調とした情報戦、というアイディアと、結末に用いられた趣向とは、あまり相性が良くないのだろう。まったく別の作品に用いるか、もっと繊細な配慮を施すべきだったのではないか。
観ているあいだは面白いし、結末から滲み出す味わいも優れている。だからこそ、こういう組み合わせ方をしたことで、作品の根幹にある発想もラストの趣向も、どちらも半端に終わらせてしまった印象を与えているのが勿体ない。人物造型や細部の精度は相変わらず傑出しているが、ジョニー・トー監督作品としては少々落ちる仕上がりだった。
関連作品:
『PTU』
『マッスルモンク』
『エグザイル/絆』
『スリ』
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