『フォーリング・マン 9.11 その時 彼らは何を見たか?』

フォーリング・マン [DVD]

原題:“9/11 : The Falling Man” / 監督&製作:ヘンリー・シンガー / 原案&出演:トム・ジュノー / 製作総指揮:スー・ボーン、ジョン・スミスソン、ジュリアン・ウェア / 撮影監督:リチャード・ヌメロフ / 編集:アラン・マッカイ、ベン・スターク / 音楽:ダリオ・マリアネッリ / 出演:エリック・リプトン(『ニューヨーク・タイムズ』リポーター)、リチャード・ドリュー(『アソシエイテッド・プレス』カメラマン)、デヴィッド・エルダーマン(『モーニング・コール』記者)、ピーター・チェイニー(『グローブ&メール』リポーター) / 映像ソフト発売元:エスピーオー

2006年イギリス作品 / 上映時間:1時間12分 / 日本語字幕:?

2006年10月6日DVD日本盤発売 [amazon]

DVDにて初見(2010/08/28)



[粗筋]

 2001年9月12日、アレンタウンの地方紙モーニング・コールの第一面を飾った写真は、創立以来最大の反響を呼んだ。その大半が批判であったという。

 この写真を撮影したのはリチャード・ドリューというカメラマンであった。彼はあのアメリ同時多発テロのその日、ワールド・トレード・センターの間近におり、多くの人々と共に惨劇の瞬間を目の当たりにする。二機の旅客機が突き刺さり、黒煙に巻かれたビルの上階からやがて、多くの人々が転落していく様も目撃したドリューは、職業カメラマンの本能に急かされるが如く、取り憑かれたようにシャッターを切り続け、そうして撮影された1枚が、モーニング・コール誌を飾ったのだ。

 記者たちの目には、911という惨劇を象徴し、ピュリッツァー賞にも匹敵するメッセージ性を備えた写真に映ったが、読者はそう捉えなかった。不謹慎だ、死者に対する冒涜である、不快感を覚える――澎湃と湧き起こる批判の声に、この写真は以降、アメリカのマスコミで採り上げられることはなくなる。代わりに連日、生存者の救出に尽力する消防隊員たちの姿が報じられ、愛国心に訴えかけるような報道が紙面を覆っていった。

 その一方で、センセーションを巻き起こしたあの写真の“主人公”に関心を示す記者もあった。写真の服装や顔立ち、体格などを材料に、カナダの新聞社が導き出した推理は、ワールド・トレード・センターの上階にあったレストラン“ウインドウ”のシェフ、というものだったが……

[感想]

 単純に、911という出来事を、ひとつの側面から再解釈したドキュメンタリーとして鑑賞することも出来る。だが本篇には、人は報道というものに如何に対峙するべきかを問いかけている、という見方もあるように思う。

 まず、題名にもなっている“落ちる人”の写真を初めて目にした記者たちの感想と、読者たちの感想との乖離が興味深い。記者たちも素人ではなく、センセーショナルな報道に接したときの反応は概ね予測している。事実、この写真についても、批判を受けることはある程度察していた。だが実際の反応は、記者たちが予想していたよりも遥かに苛烈だった。未曾有の事態に直面し、誰もが強烈な危機感に苛まれるなかで、特に“死”をまざまざと突きつけるかのような写真に、当事者であればあるほど抵抗を覚えたのだろう。

 この写真の“主人公”を探り出す、というアイディアをアメリカではなくカナダの新聞が思いつき、それを更に掘り下げた本篇のような映画を製作したのがイギリスであった、という点からも、繊細な当事者感情というものを垣間見ることも出来る――無論、アメリカ国内でこういった趣旨のドキュメンタリーや報道を考えなかった者が皆無だ、とは思わないが、少なくとも主流になり得なかったのは間違いない。

 そうして炙り出されていくのは、911の悲劇であること以前に、情報というものに対する姿勢の繊細極まりない性質であり、その厄介さだ。ある者は、“落ちる人”を特定されたことで、長い間苦しみに晒されてしまう。一方で別の者は、“落ちる人”が判明したことで救いを得る。製作者が意図してこういう人々の反応の違いを描き出そうとしたことは、ドリュー撮影による“落ちる人”ではないが、状況証拠から墜死したことが確定した人物に取材していることからも明白だ。

 このドキュメンタリーの基礎となる記事を執筆し、映画の中にも登場するトム・ジュノーは、911を多くの戦争の悲劇と同様に位置づけ、“落ちる人”の写真を戦争のある要素に重ね合わせることで締めくくっている。個人的には彼の主張にかなり同感するが、しかし本篇が最も強く訴え、問いかけているのは、困難に対したときのマスコミの姿勢であり、受け止める側の姿勢であろう。何が正しいのか、などと具体的に説かず、ひとまずジュノーの言葉を結論としているが、だからこそ奇妙な居心地の悪さを留め、あとあとまで観る者の胸にしこりを残す。

“落ちる人”の実像を巡るリサーチも丁寧で、なおかつ構成にちょっとした工夫も凝らしてある。911の一断面を捉えた記録として鑑賞するのもいいが、敢えてもう一歩退き、じっくりと眺めてみることで、いっそう深みを増す1篇である。

関連作品:

華氏911

ユナイテッド93

セプテンバー・テープ

ワールド・トレード・センター

ブッシュ

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