デジタルとアナログの狭間で。

 ……と、上の感想ではかなり好意的に評価した『僕と妻の1778の物語』ですが、先ほどちょっと残念な事実が判明したため、評価を落とさざるを得なくなったようです。

 鑑賞当日の日記でも触れた通り、この作品、ストーリーとは別に気になることがありました。2箇所ほど、異様に音声の聞き取りにくい箇所があったことと、BGMの高音部でプチプチという雑音が入り、非常に耳障りだったことです。

 映画自体の出来は良かったですし、上映終了時刻が遅めで、早めに家に戻りたいがためにそのときはそのままにしていたのですが、今日、『キック・アス』の上映形式に関する問題のまとめ http://togetter.com/li/87490 などに目を通していて、ふと「あれは本当に設備或いは映写技師の問題だったのか、それとも製作者の意図だったのか?」ということが気になり、抑えられずに上映館に電話をかけて、直接訊ねることにしたのです。

 いちど調査のためにかけ直してもらい、それでも不充分だったので再度調べてもらい、とやや紆余曲折があったものの、そこは省きます。結果として、かなり興味深いことが判明しました。

 前述の雑音は、どうやら私が試写会で訪れたTOHOシネマズ西新井だけでなく、他の試写が行われた劇場でも確認されていた。原因は、この作品が近年の作品としてはかなり珍しい、アナログの状態で音声が収録されていることにあるらしいのです。

 映画の世界でも順次デジタルの技術が採用されていますが、実は映像以前に、音響だけはデジタルへの移行が進んでいました。映像はフィルムですが、画面に合わせて音を出すための仕組みは先行してデジタル化されていたのです。

 TOHOシネマズのサイトでスケジュールを確認すると、上映スクリーンの下に“3D”“デジタル”“SRD”などと書いてあります。“3D”“デジタル”は映像自体もデジタル化されたものですが、“SRD”は映像はフィルム、しかし音響はデジタルというものです。

 それに対し、『僕と妻の1778の物語』は、私が試写を鑑賞したTOHOシネマズ西新井でも、メインの上映館である日劇でも“SR”と表記されている。最近の作品としては珍しく、1/13現在だと『ゴダール・ソシアリスム』、『最後の忠臣蔵』、『チェブラーシカ・くまのがっこう』『仮面ライダー×仮面ライダー』……って意外とありましたが、しかし着実に主流から外れつつある形態です。

 TOHOシネマズでは現在、映写システムの完全デジタル化に着手しています。

 フィルムに較べ劣化しづらく、常にいいコンディションで鑑賞できる……といったメリットを謳っていますが、他方で「観客よりも製作会社、劇場側の利益ばかりを考えたシステムの変更だ」という意見もあります。フィルムを上映するための機材や技術者を切り捨てることで、デジタル化の難しい事情が様々に存在する往年の名作がかけられなくなり、映画文化の衰退に繋がる、という考え方もあり、実際、私が現在一所懸命追いかけている午前十時の映画祭も、この潮流の影響で第3回の開催は微妙な雲行きにあるようです。

 個人的には、フィルムだろうとデジタルだろうと、いい作品、面白い作品が観られるならどちらでも構わないと思います。映画道楽に嵌って10年近く、デジタルの高画質と高音質を体験している身としては、デジタルに変わるのは悪いことではないと思いつつも、上映される古い名作の持つフィルムならではの味わいも嫌いではない。

 デジタル化はもはや映画業界全体の潮流として止められないにしても、出来ればフィルムと共存して、午前十時の映画祭のような古い名作を上映する企画が滞りなく行える環境は保存して欲しいなー、というのが、いち映画好きとしての率直な心情です。TOHOシネマズにはそこも考慮していただきたい。

 ちょっと話はずれましたが、しかしそういう考え方なので、新作を製作者の意図でデジタルではなくアナログで作る、フィルムの形式で配給するのは別に構わないと思う。上映館の方の話では新作、ましてデジタル化を推し進めているTOHOシネマズの同系列である東宝配給の作品でこういうアナログ音響によるものをリリースしてきたことに驚きと戸惑いがあった様子ですが、まだまだ対応可能な現時点であれば、試みとしては間違っていない。

 が、それならそれで、アナログで上映しても問題のないクオリティに調整するのが、作り手の使命でしょう。多くの劇場で、聞き取りにくい部分がある、苛立たしいノイズが入るような状態で配信するのでは意味がない。それは単に、“アナログは美しいから”という根拠のない思想に酔いしれているだけに感じられる。

 もし、デジタルとアナログで再現性に違いが生じることに無自覚に作ってしまったのなら、フィルム作成の過程に携わる何処かの段階で、認識の甘さがあったと考えられる。そうではなく、意図としてあのノイズや聞き取りにくい音声を混入させていたのだとしたら、意図がまったく伝わらない、演出として悪質、と捉えるほかない。どちらの理由にせよ、こういう話を聞いてしまうと、正直『僕と妻の1778の物語』という作品の評価を下げざるを得ない。

 繰り返しますが、私自身はデジタルでもアナログでも構わないのです。ただプロなら、その形式で配信する意味はあるのか、そしてその方式で観客に意図が伝わるのか、満足してもらえるのか、というところから考慮して然るべきでしょう。『僕と妻の1778の物語』のコンディションは、申し訳ないが商品として不適当と申し上げたい。

 ストーリーや芝居、映像表現自体は個人的に高く買っていますが、これからご覧になる方は、上記の点を踏まえたうえで劇場に足を運んでいただきたい。何も知らずに鑑賞して苛立ったり、首を傾げながら家路に就くのは、勿体ないと思うのです。

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