『レッド・ドラゴン/新・怒りの鉄拳』

『レッド・ドラゴン/新・怒りの鉄拳』 レッド・ドラゴン 新・怒りの鉄拳 デジタル・リマスター版 [DVD]

原題:“新精武門 New Fist of Fury” / 監督&製作総指揮:ロー・ウェイ / 脚本:ロー・ウェイ、パン・レイ / 製作:シュー・リーワー / 撮影:チェン・ジュンシュ、チェン・シャオユン / 出演:ジャッキー・チェン、ノラ・ミヤオ、ジャン・ジン、ハン・イェンチュン、チュン・シン / 映像ソフト発売元:Paramount Home Entertainment

1976年香港作品 / 上映時間:1時間22分 / 日本語字幕:?

日本劇場未公開

2010年12月17日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

大成龍祭2011上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/04/10) ※トークイベント付



[粗筋]

 時は20世紀初頭、日本帝国主義の統治下にある台湾。

 外地からやって来る人々のみを相手に泥棒や置き引きを行い収入を得ている孤児のロウ(ジャッキー・チェン)は、前々から彼に弟子になるよう強要していた流派・大陽門のラムらのリンチに合い、半死半生の状態となった。

 そんな彼を介抱したのは、地元の名家・ホー一家に身を寄せてきたリー・エー(ノラ・ミヤオ)たちである。もともとは上海で精武門という流派を形成していたが、日本人の迫害によって逐われ、台湾の親族を頼ってきたのだ。リー・エーは身を守るために武道を学ぶようロウに薦めるが、性分に合わずこれを固辞する。

 この頃、台湾でも日本人・岡村を師範とする大和門が幅を利かせつつあった。岡村は中国人たちによる流派を自らの軍門に降らせることを目論むが、ホー一家だけは頑強に抵抗を続け、なかなか折れる気配を見せない。

 だが、ホー一家の主が亡くなったことで、事態は急転する。家を継いだリー・エーは新たに“精武会”という流派を組織するが、これを快く思わない岡村は、弟子たちを引き連れ看板を壊し、近隣の住人たちに他の流派に属することを禁じる。

 その横暴な振る舞いに、ロウが遂に奮起した。周囲の若者に呼びかけ、大勢を従えて精武会の門をくぐり、修行に身を投じる。その彼の姿に、リー・エーは志に散った兄弟子の面影を重ね見た――

[感想]

 一気にスターダムに登りつめながらも早逝、伝説となったアクション・スター、ブルース・リーの代表作のひとつ『ドラゴン 怒りの鉄拳』の正式な続篇である。当時は多くの紛い物が量産されていたようだが、本篇はオリジナルの監督が手懸け、世界観もきっちりと引き継いでいる。

 ただ、ブルース・リーに代わって主役を務めたジャッキー・チェン自身は、本篇に対してあまりいい感情を持っていないらしい。いちどデビューしながらも映画界を退き、監督に見出されて戻ってきたジャッキーは、既にブルース・リーと同じ路線を辿ることの危険を理解していたようで、独自のスタイルを拓こうとしていたが、監督はあくまで前作でブルース・リーが演じた人物像に拘っていたらしい。結果として、大幅に個性が殺されてしまった本篇を、あまり認めていないということだ。

 そういう予備知識があると身構えてしまうが、いざ観てみると――あにはからんや、そんなに言うほどブルース・リー色は濃くない。存分に発揮されている、とは決して言えないものの、既にジャッキー・チェンらしさは開花しているように映る。親しい人間に対して見せる笑みや、まだ武術を修得していない段階での、外連味に富んだ身のこなしなど、その時点での人物像がうまく合致しているお陰か、もろにジャッキー・チェンそのものだ。

 終盤になると、人物像もストーリーもシリアスに傾斜し、ジャッキーが不満を抱くのも解るくらいに『ドラゴン 怒りの鉄拳』でのブルース・リー像に迫っていくが、これは致し方のないところだろう。主役を入れ換えつつ作品世界を踏襲するのなら、前作で示した背景や主題を再現するか膨らますかしなければならないわけで、本篇では日本帝国主義による支配という背景に、“巨悪に対する怒り”という主題をそのまま引き継ぐことを選んだのだから、クライマックスがシリアスになるのは当然の成り行きだ。

 武術を題材にしていることから、前作でリー演じる主人公が完成させた武術を本篇の主人公が引き継ぐ、というのも理解しやすい筋であるし、そうすれば結果として最後にジャッキーが披露する技の数々も、当然のようにブルース・リーのそれを再現する流れになる。当人は愉快でなかったのも理解できるが、しかし続篇として決して間違った作りはしていない。

 虚心に本篇を鑑賞する場合、ジャッキーらしさの有無よりももっと問題となるのは、あの結末だろうが、しかしこれも、あの作品の続篇と考えた場合、決して誤りではない。あの終幕が観る側に納得のいくカタルシスをもたらすような工夫を予め凝らしていない、という意味では失敗しているのだが、前提としてブルース・リー主演のあの作品があることを思えば、予想は可能なのだ――実際私も、「まさか」とは思いつつ、想像していた結末ではあった。

 そもそも前作からして、ブルース・リーの華麗な擬斗や一部の描写を除くと、上出来とは言い難いのだ。日本人の目からすると、あまりにいい加減な日本文化の描写に不快感を覚えかねないし(ただ、あそこまで勘違いも甚だしいと、却って笑って許せてしまうのも事実だが)、人物の心理や状況の変化を雑に描いているせいで、物語の流れが腑に落ちない、という根本的な欠点がある。ある種の美学を感じさせるラストシーンにしても、もう少し感情的な伏線を張り巡らせていれば、より強いカタルシスをもたらしたはずで、作品の魅力はほぼブルース・リーひとりで担っている、と言っていい作品だった。

 本篇は、前作から見てとれるそうした欠点を一切否定することなく、そのまま受け継いでいる。進歩がない、と切り捨てることは簡単だが、やもすると良ささえも拒絶した、名前ばかりの続篇も多数存在する中で、主役を失ったにもかかわらず、ここまで真っ当な続篇を作りあげたことは評価していいだろう。自身は多くの不満を抱いたにしても、自らの個性をきちんと刻みつけたうえで、ブルース・リー演じたチェンの後継者の役割を果たしたジャッキー・チェンも賞賛されて然るべきだ。

 ……とはいえ、そうした“良さ”は、前作をきちんと愉しんだ人であればこそ感じられるもので、前作が面白いと思えなかった人や、そもそも前作自体観ていない、という人は、“劇終”の文字が出た瞬間にスクリーンやモニターに向かって持っているものを投げつけるほど激怒してもおかしくない代物だ、とも思う。ここまで読んでなお興味を抱き続けている方ならきっと愉しめるだろうが、しかし保証は致しかねる。間違いなく、強烈に人を選ぶ作品である。

関連作品:

燃えよドラゴン

ラスト・ソルジャー

SPIRIT

明日に向って撃て!

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