原題:“Sunset Blvd.” / 監督:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダー、チャールズ・ブラケット、D・M・マシューマンJr. / 製作:チャールズ・ブラケット / 撮影監督:ジョン・F・サイツ / 美術監督:ハンツ・ドレアー、ジョン・ミーハン / 特殊効果:ゴードン・ジェニングス / 編集:ドエイン・ハリソン、アーサー・シュミット / 音楽:フランツ・ワックスマン / 出演:グロリア・スワンソン、ウィリアム・ホールデン、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ナンシー・オルソン、フレッド・クラーク、ジャック・ウェッブ、ロイド・ガフ、ヘッダ・ホッパー、バスター・キートン、セシル・B・デミル、H・B・ワーナー、レイ・エヴァンス、ジェイ・リヴィングストーン / 配給:パラマウント×セントラル / 映像ソフト発売元:Paramount Home Entertainment Japan、他
1950年アメリカ作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:古田由紀子
1951年10月28日日本公開
2011年2月14日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|DVD Video廉価版:amazon]
第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2011/05/26)
[粗筋]
その朝、通報によってサンセット大通りにある朽ちかけた豪邸に、警察とマスコミが大挙してやって来た。警察はプールに浮かぶ屍体の検分に臨むが、しかしマスコミのお目当ては“被害者”ではなかった……
時は半年前に遡る。脚本家のジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)は切羽詰まっていた。車のローンを滞納しており、このままだと大事な脚代わりを没収されてしまう。急遽パラマウントのプロデューサーに草稿を買い取って貰おうと接触するが、話はまとまらない。
個人的な借金のあてもすべて断られ、彷徨っていると、回収業者とはち合わせてしまった。大慌てで逃げる最中、車がパンクし、ジョーは急遽、近くに見えたガレージに隠れて難を逃れた。
プールに水は張っておらず、テニスコートも朽ちるまま放置された、過去の栄華の名残のようなその豪邸に暮らしていたのは、ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)だった。死んだペットの猿の棺を持ってきた、と勘違いされて通されるが、職業が脚本家だと知ると、ノーマはジョーに自筆の脚本に目を通して欲しい、と請うてきた。
ノーマは無声映画時代の大スターであったが、トーキーの隆盛と共にその座を逐われ、近年はカメラの前に立っていない。だが本人は“復帰”に執心で、自らが主演するつもりで『サロメ』の執筆を試みていたのだ。ジョーの目には妄想だらけの駄作だったが、折しも金銭的に追いつめられていたために、彼は改稿の手伝いをして欲しい、という提案に頷く。
ほんの一晩、回収業者から逃れるために立ち寄っただけのつもりだった。しかし以降、ジョーは往年の大女優の妄念に雁字搦めにされてしまう――
[感想]
この監督の撮る映画は、往年の“スター”の持ち味を活かしながらも、21世紀に至った現代でも通用する普遍性を備えている、と感じる。『お熱いのがお好き』には旧来の価値観、固定観念が揺さぶられる様が笑いに紛れて盛り込まれているし、『アパートの鍵貸します』の洒脱なコミカルさの背後に、利己主義的な価値観が陥る無関心さが垣間見えていたりする。
本篇は製作された1940年代あたりのハリウッドの内幕を反映していると思われる。無声映画が駆逐され、トーキーが当たり前になり、やがては“総天然色”と言われるカラー映画へと推移する少し手前あたりか。音声は5.1ch以上、フルカラーは当たり前で、デジタル化が進行し3D映画という新しい道筋も示された現代から見ると遥か大昔の出来事のように感じられるが、しかし観ているあいだ、そういう違和感はあまり覚えない。
衣裳や小道具、大道具は時代がかって感じられる一方で、仕事が見つからず汲々とする脚本家の振る舞いや、過去の栄光にすがり返り咲きの時を待ち焦がれる大女優の姿は、今でも理解しやすい。唯一の脚である車を取り上げられる、という恐怖から逃れたいあまりに、大女優が提示する楽な稼ぎ口に飛びつき、結果としてより深い蟻地獄に陥れられる、という道筋は、その道具立てを入れ換えれば未だにリアリティを持ちうる。
観ていると、大女優の妄念の強さに慄然とする。復帰を企図して自ら脚本を執筆し、たまたま捕まえた本業の男に手直しさせる、というのは行動として筋が通っているが、過去の栄光を引きずる彼女は、そういう有り体な手続さえ踏めば首尾よく運ぶ、と疑っていない。視点人物である脚本家は、そんな現実を承知しているが、取り憑かれた大女優の機嫌を損ねないために、敢えて目をつぶる。だが、そういう誤魔化しが更に彼を雁字搦めにしていく。
この、じわじわと締めつけられるようなおぞましさが、大女優の妄念が加速するに従い、恐怖に繋がっていく様は、サスペンスフルであると同時にホラーめいている。とりわけ、終盤で明かされる事実と、エピローグ部分での大女優の振る舞いなど、その最たるものだろう。
ビリー・ワイルダー一流の、思慮豊かな道具立てや伏線の妙は、他の作品同様にこの終盤で見事に効いてくる。正直なところ、ある人物の設定についてはいささかつけすぎ、という印象を受けたのだが、しかしこのエピローグできちんと応用された瞬間にしてやられた、という気分にさせられる。芝居がかった感は否めないものの、むしろそこまで芝居がかっているからこそ、自分ひとりだけでなく周りをも巻き込む大女優の妄念に慄然とさせられる。
内幕ものというと、もっとドロドロとした人間関係や、金儲け、もしくは名誉欲に支配された人々の虚々実々のやり取りで見せるものが多いが、本篇は不思議と、そういうところからは超越した境地にあるように感じられる。金に糸目をつけず、ひたすら返り咲きの瞬間を求め続けた挙句に、ある意味でその願いを実現させてしまった大女優の姿は、考えようによっては純粋で尊いもののように感じられるからだろうか――そんなふうに捉えてしまうのは、ある意味で観ている私でさえも彼女の妄念に呑みこまれてしまった証拠なのかも知れない。そう考えると実に恐ろしく、内幕もの、という語句から感じられる以上に、普遍的な怖さを備えた作品であると思う。系統としては『情婦』と同じサスペンスに属する、と言えるが、私はこれを優秀な心理ホラーと主張したい。
関連作品:
『失われた週末』
『情婦』
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