原作:横溝正史 / 監督&脚本:高林陽一 / 企画:葛井欣士勝S / 製作:高林輝雄、西岡善信 / 撮影:森田富士郎 / 美術:西岡善信 / 編集:谷口登司夫 / 助監督:南野梅雄 / 音楽:大林宣彦 / 出演:中尾彬、田村高廣、新田章、高沢順子、東竜子、伴勇太郎、山本織江、水原ゆう紀、加賀邦男、東野孝彦、石山雄大、海老江寛、沖時男、原聖四郎、小林加奈枝、三戸部スエ、服部絹子、中村章、常田富士男、村松英子 / 配給:ATG
1975年日本作品 / 上映時間:1時間46分
1975年9月27日日本公開
2008年5月23日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
本格ミステリ作家クラブ10周年記念企画『美女と探偵〜日本ミステリ映画の世界〜』(2011/6/4〜2012/7/1開催)にて上映
[粗筋]
本陣の流れを引く一柳家の長男・賢蔵(田村高廣)が妻を娶った。相手は、今でこそ資産家となった久保銀造(加賀邦男)の姪・克子(水原ゆう紀)であるが、もとは一柳家の小作人の血筋であるため、周囲の反対を押し切っての婚礼である。
そうしてようやく華燭の典を済ませたその初夜、午前4時。一柳家の家人たち、挙式に参列していた銀造らは、賢蔵夫妻が床に就いた離れから、琴をかき鳴らす音が聞こえて、飛び起きた。何事か、と駆けつけてみると、賢蔵も新妻・克子も、床の上で血まみれになって事切れている。雨戸で締めきられた離れに、怪しい者の姿はなく、凶器の日本刀は庭に突き立っていたが、庭を覆う季節外れの雪のうえには、足跡のひとつも残されていなかった。
捜査に赴いた警察は、衝立に残されていた三本指で引いたと思しい血のあとや、周囲の人々の証言から、当日あたりに出没していた三本指の男が怪しいと睨むが、では雪で閉ざされた離れから如何にして脱出したのか、という根本的な疑問が残る。
久保銀造は、アメリカに滞在していた際に面倒を見た人物であり、現在私立探偵として活躍する金田一耕助(中尾彬)を呼び寄せ、調査を頼んだ。だがその矢先、早朝の一柳家に、ふたたび琴の音が鳴り響いた――
[感想]
市川崑監督が亡くなったとき、ひとつどうしても惜しまれたのは、岩井俊二監督とともに準備をしていたという、『本陣殺人事件』の映画化が実現されずに終わってしまったことだ。『犬神家の一族』リメイクのとき製作された『市川崑物語』において触れていたこの話、個人的には非常に興奮した。何故なら『本陣殺人事件』は、そのあまりに視覚的なトリック故に、うまく映像化すればかなりのインパクトを発揮できる一方で、整えねばならない条件が多く、おいそれと実現するのは非常に困難だったからだ。
実際、この作品は市川崑監督が原作に近い金田一耕助像を確立して以降、ほとんど取り沙汰されていない。他の作品がある程度変更が効く仕掛けや舞台を用意しているのに対し、本篇は最も困難な部分に代替品が用意できないからだろう。だからこそ私は、視覚効果技術が進み、古い時代の再現も可能になったいま、誰かが原典に忠実な映画化を果たしてくれないか、と切に願っていた。
それだけに、本篇を観たとき、たぶん他の人よりも驚きは大きかったと思う。本篇は、そんなことを夢想していた私にとって、ほぼ理想に近い『本陣殺人事件』だったのだ。
ある程度横溝正史作品、金田一耕助シリーズを読み漁り、周辺の知識を仕入れていた者なら、本篇に登場する金田一耕助の姿形が明らかに原作と違っている、という事実は常識と言っていいだろう。すっかりセルの着物に袴、チューリップ帽にぼさぼさ頭、というスタイルが当然となっているのちの世代からしてみると、この事実だけで原作を無視しているのは確実、と思いこんでしまう。
しかし実際に鑑賞すると、戦争前から映画が作られた昭和50年か、それより少し前程度に設定されていることと、金田一耕助の服装以外は、完璧に原作を再現しているのだ。
語る順序は違っているものの、それは整理整頓の類であって、要素はほぼすべて網羅している。これほど有名な作品でも未読の方はあるはずなので詳しくは記さないが、新婚初夜に降る雪、徘徊する三本指の男、そして事件を複雑化する要素に至るまで、きっちりと押さえている。
意外だったのは、中尾彬演じる金田一耕助が、服装を除けばほとんど違和感を与えなかったことだ。むしろ、のちに石坂浩二らが定着させる、どこか浮世離れした人柄を、見た目のイメージが違うにも拘わらず的確に演じていることは賞賛に値する。
他の役者の演技も秀逸だ。特に田村高廣の終盤に見せる表情は、一見忘れがたい。初夜にしてその命を散らす克子の美しさ、原作以上にクローズアップされ象徴的に扱われる鈴子の存在感など、配役、その装いも絶妙だ。
原作で用いられるトリックは、見た目が鮮烈であるのと同時に、直感的に理解しづらい厄介な代物でもあるのだが、それをうまく説明しつつも、作品の映像的なキーポイントとして用いることで、原作以上に印象深いものに仕立てている。オープニングの謎めいたヴィジュアルの正体が次第に明らかになるカタルシス、最後に改めて再現されるからくりが哀しく映る演出も素晴らしい。
強いて欠点を挙げるなら、やや中弛みしている感があることだが、これはむしろ謎解き映画として正しく語ろうとしたが故の弊害だろう。やがて訪れる解決篇のインパクトでほとんどそれを挽回しているのだから、ミステリ映画、探偵小説を愛読する者としては、尚更に文句のつけようがない。
本篇にとっての不幸は、ほぼ直後に市川崑監督・石坂浩二主演による『犬神家の一族』の大ヒットがあり、更にテレビドラマとして古谷一行によるヴァージョンも誕生して、着物に袴、という原作で描かれているとおりの金田一耕助像が定着してしまったことだろう。そのせいで実際以上に原作を無視している、という印象を与えてしまい、結果として必要以上に顧みられる機会を失ってしまったように思えてならない。
市川崑監督以降の作品は映像ソフト版がリリースされ、ある程度は画質の保全が行われる状況にあるようだが、本格ミステリ作家クラブ10周年記念企画『美女と探偵』のなかで上映された本篇のフィルムは盛大に傷がつき、随所でコマ飛びが生じる、非常に痛々しい状態だった。願わくば、これ以降少しでも本篇が再評価され、多くの人が鑑賞する機会に恵まれ、状態が改善されることを――たぶん、この日本探偵小説史に残る傑作を、ここまで完璧に映像化した作品は、今後そう簡単には生まれないであろうから。
関連作品:
『三本指の男』
『悪魔の手毬唄』
『獄門島』
『女王蜂』
『犬神家の一族』
『市川崑物語』
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