『第三の男』

『第三の男』 第三の男 【ベスト・ライブラリー 1500円:第2弾】 [DVD]

原題:“The Third Man” / 原作&脚本:グレアム・グリーン / 監督:キャロル・リード / 製作:キャロル・リード、デヴィッド・O・セルズニック、アレクサンダー・コルダ / 撮影監督:ロバート・クラスカー / 大道具:ダリオ・シモーニ / 編集:オズワルド・ハッフェンリヒター / 音楽:アントン・カラス / 出演:ジョセフ・コットン、オーソン・ウェルズアリダ・ヴァリトレヴァー・ハワードバーナード・リー、ジェフリー・キーン、エルンスト・ドイッチュ、ポール・ヘルビガー / 配給:東和×東宝

1949年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:笠井絹子

1952年9月16日日本公開

2011年2月14日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|DVD Video廉価版:amazon淀川長治解説付きDVD Video:amazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/06/10)



[粗筋]

 終戦直後のオーストリア、ウィーンには、イギリス、アメリカ、ロシア、フランスの警察が入り乱れ、互いに睨みを利かせる状態が続いていた。

 そんな土地に、はるばるアメリカから飛んできた男がひとり。彼の名はホリー・マーティンズ(ジョセフ・コットン)。西部劇を中心に執筆する小説家だが、現在は文無しで、中学時代からの親友であるハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)に渡航費を工面してもらい、彼を頼ってウィーンまでやって来たのだ。

 だが、ハリーのアパートを訪ねたホリーは、管理人(ポール・ヘルビガー)から衝撃の事実を知らされる。ハリーはアパートの前で事故に遭い、たった今葬儀の真っ最中だ、というのだ。驚き、慌てて墓地を訪れると、ハリーの名前を刻んだ墓碑に、棺が収められるところだった。

 葬儀のあと、悄然と立ち去ろうとしたホリーは、遠巻きに埋葬の様子を窺っていた男に誘われて酒場に赴く。この男、イギリス軍のキャロウェイ少佐(トレヴァー・ハワード)は、実はハリーが闇で物資を売り捌いており、警察に目をつけられている、と言った。

 人情に厚いハリーの姿しか知らないホリーはにわかに信じられなかったが、キャロウェイハリーの死も事故ではなく、殺人の可能性がある、という言葉に、独自に調査することを決意する。軍に紹介されたホテルで、講演の依頼を受け、当座の暮らしに目処がつくと、ホリーはまず、ハリーが親しくしていたという女性が所属する劇団を訪ねた――

[感想]

 あまり、こういう思考停止した表現はしたくないのだが――これこそ“映画”、と言いたくなる。脚本、演出、演技、映像、音楽、いずれも間然しようがない。

 序盤の語り口はミステリ、それもハードボイルドやノワールのような趣がある。謎の事故死、その周辺に現れては消える関係者たち、手探りながらそのあいだを泳ぎ回り真相を探ろうとする男。文無しであり、売れない小説家である、という背景が主人公の行動や表情に影を添え、奥行きを感じさせる。

 ミステリとして眺めたときに驚かされるのは、最も重要な秘密を、思いの外早い段階で明かしていることだ。なまじミステリ、それもサスペンス的な趣向よりも驚きや意外性を好む者としては、その潔さにいっそ驚かされる。

 しかし、そこから人間同士のドラマを掘り下げ、更に雰囲気を醸成すると共に、クライマックスの鮮烈な追跡劇へと導いていく。大きな謎自体は解決したが、それによって却って、親しくても知り得ない感情、人間関係の複雑さが浮き彫りになり、いっそう奥行きを増すのが絶妙だ。

 こうした深遠な感情描写が、それまでの影を強調した絵画的な映像表現と見事に噛み合ったクライマックスは、観ているあいだ呼吸を忘れてしまいそうなほどのインパクトを備えている。当初からこの作品は、背後に佇む人の姿を影で仄めかしたり、と陰影を駆使した構図が特徴的だが、それを極限まで活かした、緊張感と映像美の溶けあった終盤の追跡劇は、いちど観たらそう簡単には忘れられない。

 それにしても本篇は、印象に残る人物像が多い。たとえばハリーが利用していたアパートの管理人もそうだし、捜査にちょっと関わる警官も不思議と記憶に残る。それぞれが悪人ではなく、あくまで自分なりの価値観に従って生きている、というのが伝わる描き方の優しさも手伝っているのだろう。この、人間に対する眼差しの優しさは、本篇を手懸けたキャロル・リード監督の遺作となった『フォロー・ミー』に通じるものを感じさせる。

 特に強烈な存在感を放つのが、オーソン・ウェルズ演じるハリーであるのは、誰に聞いても一致する意見ではなかろうか。そのドラマ自体が見事であるの言うまでもないが、初めて画面に登場したときの表情、その後の台詞の重み、そして終盤の存在感は、彼の大柄な体躯とクセの強い顔立ちを活かした演技に負うところが大きい。

 美点を挙げようと思うと、幾らでも挙げられそうだ。私は今回初めてきちんと鑑賞したわけだが、時間を置いて2度、3度と鑑賞しても、恐らくその都度何かしら発見があり、改めて目を惹かれるポイントがあるに違いない。ミステリ、サスペンス映画がただ扇情的で、1回限りしか愉しめないものだと思いこんでいる人にこそ、本篇はいちど観ていただきたい作品である――その手法が活かし方次第でどれほど豊かなドラマを生み出すのか、実感できるはずだ。

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コメント

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