『眺めのいい部屋』

『眺めのいい部屋』 眺めのいい部屋 HDニューマスター版 [DVD]

原題:“A Room with a View” / 原作:E・M・フォスター / 監督:ジェームズ・アイヴォリー / 脚本:ルース・プラワー・ジャブヴァーラ / 製作:イスマイル・マーチャント / 撮影監督:トニー・ピアース=ロバーツ / プロダクション・デザイナー:ブライアン・アクランド=スノウ、ジャンニ・クアランタ / 衣裳デザイン:ジェニー・ビーヴァン、ジョン・ブライト / 編集:ハンフリー・ディクソン / キャスティング:クレスティア・フォックス / 音楽:リチャード・ロビンズ / 出演:ヘレナ・ボナム=カーター、デンホルム・エリオットマギー・スミスジュリアン・サンズジュディ・デンチダニエル・デイ=ルイス、サイモン・キャロウ、ローズマリー・リーチ / 配給:シネマテン / 映像ソフト発売元:エスピーオー

1986年イギリス作品 / 上映時間:1時間54分 / 日本語字幕:小飯塚真知子 / R-15+

1987年7月25日日本公開

2010年6月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/11/30)



[粗筋]

 ルーシー(ヘレナ・ボナム=カーター)と従姉のシャーロット(マギー・スミス)は窓辺で呆然としていた。ふたりは1週間の予定でイタリアのフィレンツェに旅行に赴いたのだが、契約した下宿屋が用意した部屋は、約束していた南向きの眺めのいい部屋ではなく、北向きの暗澹とした部屋だった。

 食堂でシャーロットがそのことにぐちぐちと不平を漏らしていると、同じ下宿を利用しているエマーソン氏(デンホルム・エリオット)が、部屋の交換を提案する。初対面の挨拶もしないうちの提案に、シャーロットは「無神経だ」と憤り撥ねつけるが、ルーシーはそんな従姉を宥め、申し出を快く受け入れた。

 エマーソン氏はひと言多い質で、しばしば周囲の人々の眉をひそめさせたが、同行する息子のジョージ(ジュリアン・サンズ)は言葉少なく思慮深い性格のように映った。しかし、観光のさなかに偶然巡り逢ったジョージは、ルーシーを前に意外にも気丈で、かつ繊細な側面を見せる。そして、下宿屋に身を寄せていた人々で揃って郊外へと赴いたとき、ジョージはルーシーとふたりきりになるなり、彼女の唇を奪った。

 偶然その現場を目撃してしまったシャーロットは、保護者としての面目を失ったことに激昂、予定を切り上げてロンドンに帰ると宣言する。ルーシーはジョージのキスに動揺しながらも、シャーロットを諫めようとしたが、聞き入れられず、ふたりは下宿をあとにした。

 帰国したあと、ルーシーはかねてから交流のあったセシル・ヴァイス(ダニエル・デイ=ルイス)の求婚を受け入れる。だが、芸術をこよなく愛するセシルには、何処か人を人とも思わぬ振る舞いが目立ち、しばしばルーシーを不快にさせた。

 そんな矢先、思いがけないことが起きる。ルーシーたちの町にあったヴィラに、新しい住人が越してくることになった。当初、ルーシーは下宿で知り合った年輩の姉妹を紹介していたのだが、そんなことはお構いなしに、勝手にセシルが話をまとめてしまったのである。しかも、その新しい住人は、エマーソン親子だったのだ――

[感想]

 優雅で気品に溢れ、上流階級独特のウイットに彩られた、古典めいた香りの漂うロマンス――といったところだろうか。正直なところ、そうして並べた要素ひとつひとつについては決して嫌悪感も苦手意識もないつもりなのだが、これが揃った上で、本篇のような語り口になると、私にはしっくり来ないらしい。観ながら最後まで、いまひとつ入り込むことが出来なかった。

 駄作、というわけではない。愉しむことは出来なかったが、その表現の練度の高さ、エピソードをうまく抽出し、穏やかにロマンティックにドラマを紡いでいく手捌きの素晴らしさはよく解った。

 ロマンスなので、主人公であるルーシーと、お相手となるジョージの交流が繊細に、そして情緒を籠めて描き出されているのは当然なのだが、しかし私には本篇の魅力はむしろ、ふたりの関係に波乱を齎す人物、シャーロットとセシルにこそあるように思う。

 シャーロットはいわば、世間知らずのまま成長してしまったお嬢様、という風情である。自分では社会経験を備えているつもりで、ルーシーの保護者として振る舞おうとするが、その言動はどこかピントがずれている。部屋を交換する、という提案にも過敏に反応し、旅行中は下宿先で居合わせた小説家エレナ・ラヴィシュ(ジュディ・デンチ)に振り回され、あっさり感化されてしまう。挙句に、ルーシーがジョージにキスされる現場を目撃すると、自分が直接話し合う、というのも聞かずにイギリスへと連れ帰る。己の人生経験を過剰評価し、何事につけ大仰に反応してしまう姿は、作中影響が及ぶことの多いルーシーにとっては苛立ちの種だが、傍目には滑稽だ。

 他方、セシルは如何にも品のある貴族、といった風格を漂わせるが、協調性をほとんど感じさせない。己が気に入らなければ、あっさりと部屋を出て行くし、興味がなければろくに見向きもしない。ルーシーとの話をちゃんと記憶に留めていれば、彼女が知己に紹介しようとしていたヴィラを横取りのように、偶然知り合ったエマーソン親子に仲介してしまう。知性はあり、振る舞いも紳士なのだが、無意識のうちに親しい人間をないがしろにするような高慢さは、ある意味でいかにも貴族的だ。シャーロットとは別種だが、やはり独善的な言動が奇妙な笑いを誘い、物語に味を添えている。

 なかなか大きな波は起こらず、直前の出来事とすぐに結びつかないようなエピソードが点綴されるので、そうした人物描写や、20世紀初頭を想定した衣裳、美術に惹かれないとなかなかのめり込めないが、しかし終盤で様々な要素が絡みあい、ルーシーを翻弄するさまは目を惹かれる。エピソードごとに表示される、本の章扉めいたカットと副題をもとに、続くシーンの意図を探りながら鑑賞する愉しさも演出している。話運びといい仕掛けといい、全篇決して重々しくなることなく軽妙に、しかし深みのある表現を貫いていて、実に洒脱だ。

 冒頭のシチュエーションを下敷きとしたエピローグに至るまで、心配りの行き届いた表現が終始甘く軽やかな空気を湛えた秀作――というのは観ていて解るのだけど、生憎と私には終始嵌らずじまいだった。こうして分析すればするほどに、丁寧な作品であることは痛感するのだけど。

関連作品:

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