原題:“Switch” / 監督、脚本&製作:フレデリック・シェンデルフェール / 原案、脚本&製作:ジャン=クリストフ・グランジェ / 製作:エリック・ネーヴェ / 撮影監督:ヴィンセント・ガロ / 音楽:ブリュノ・クーレ / 出演:カリーヌ・ヴァナッス、エリック・カントナ、メーヴェ・ネブー、オーレリアン・ルコワン、カリーナ・テスタ、ブリュノ・トデスキーニ、マキシム・ロイ / 配給:Broadmedia Studio
2011年フランス作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:丸山垂穂
2011年12月10日日本公開
公式サイト : http://www.switch-movie.jp/
[粗筋]
カナダのモントリオールでデザイナーとして働くソフィー(カリーヌ・ヴァナッス)は、行き詰まりを感じていた。このところ仕事の発注がなく、ようやくありついた仕事も、手違いでディレクターがヴァカンスに出てしまい、9月まで連絡がつかないという。
悄然とするソフィーを、応対した編集者のクレール(マキシム・ロイ)が呼びとめ、食事を奢ると提案した。屋上のカフェで愚痴をこぼすソフィーにクレールは、気分転換に住宅の交換サイトを利用することを勧める。自分の家の写真や、交換したい家の条件を登録しておけば、要望が一致する家と一時的に交換できる。自分はパリでヴァカンスを楽しんだ、という彼女の言葉で、ソフィーの心は動いた。
それから僅か数日で、ソフィーはパリの空の下にいた。エッフェル塔の望める好条件のアパートに着くと、ソフィーは初日から精一杯、パリ観光を満喫する。来て正解だった、と充足感に浸って、ソフィーは眠りに就いた。
あくる朝の目覚めは最悪だった。頭痛と嘔吐に苦しみ、頭をすっきりさせようとシャワーを浴びていたところへ、玄関を破る気配がした。様子を見に出た彼女は、事態を認識するゆとりもないままに、大勢の武装した警官に取り押さえられてしまう。
取り調べに就いたフォルジャ刑事(エリック・カントナ)は、ソフィーに信じられない話をした。アパート二階の寝室に、彼女と交際していた男の首なし屍体が転がっていたという。殺人どころか、交際している男の心当たりもなかったソフィーは当然のように反論する。真摯に耳を傾けていたフォルジャ刑事だったが、間もなく更に驚くべき捜査結果が舞い込むと、態度は一変した。何と、アパートの近隣住人は、ソフィーが何ヶ月も前からそこに暮らしているのを目撃している、というのだ――ソフィーがアパートを交換したベネディクト・セルトーとして。
いったい、“ソフィー”の身に何が起こっているのか……?
[感想]
原案と共同脚本を担当したジャン=クリストフ・グランジェは、マチュー・カソヴィッツ監督による『クリムゾン・リバー』の原作者である。ご覧になった方なら解るだろうが、巧緻なプロットと、独特のスケール感があり、見応えのある作品だった。その後も『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』や『ストーン・カウンシル』などに原作を提供し、フランスの映画界との関わりを保っている。
本篇は『クリムゾン・リバー』のようなスケール感こそないが、冒頭のインパクトといい、異様だがリアリティのある謎の構造といい、確かにミステリ・プロパーの筆であることを思わせる、緻密な作りになっている。
しかし意外だったのは、想像していた以上にアクションでも魅せていることだ。中盤、自らが陥れられた罠の正体を探るためにある場所を訪れたソフィーと、やはり捜査の過程で同じ場所をたずねていたフォルジャ刑事がニアミス、追跡劇が始まるのだが、この迫力が凄い。住宅を突っ切り、庭を乗り越える様を、同じ速度で走るカメラで追い、或いは身体に固定したカメラで描く。追う者追われる者双方の必死さが如実に伝わり、まさに手に汗握るシークエンスである。特にこの作品は、追われる側が女性であるために余計スリリングだ。
しかし、この映画のミステリとしての最大のツボは、謎解きの視点がふたつある、という点にこそあるように思う。
通常、こういうサスペンスでは、観客の混乱を避ける意図もあって、謎解きの役割はひとつの立場、視点に集約されがちだ。たいてい警察は逃亡する容疑者を追うのに必死で、逃げる理由、容疑者がほんとうに有罪なのか、に疑問を抱く暇はない、といった具合に描かれてしまう。
しかし本篇は、序盤こそソフィーが己の身に起きた事態を解明するべく、逃亡しながら必死に自分なりの謎解きを繰り広げるが、その過程で更なる謎や悲劇に遭遇し、よけい混迷を強めていく。だが、そんな彼女の行方を追い、痕跡を辿る刑事は、彼女が残した試行錯誤の様子を目にして、少しずつ疑念を抱き始める。警察ならではの情報網、科学的な考察を経て、時としてより混乱に陥りながらも、少しずつ謎をほぐしていく。ソフィーの行動そのものが、警察にとってのヒントとなり、やがて真相が次第に見えてくるのだ。こんなに謎解きの過程そのものにコクがあり、しかもギリギリまで予断を許さない作品はちょっと珍しい。
真相自体は、人によって評価が異なるのではないか。いまひとつ解りづらくカタルシスに欠ける、と感じる人もいるだろうし、『クリムゾン・リバー』と方向性が似ていることに不満を覚える人もいるのではないか。少々、偶然が過ぎるのではないか、という評価をする人もいるかも知れない。
ただ、よくよく検証すれば、このプロットには抜かりがないことが解るはずだ。作用している偶然はごく僅かで、緊密に仕立てられている。
一瞬ですべてが見通せるような、明快なサプライズを欲している人には恐らく向かない。緊迫感があり意外性に富んだストーリー展開、それに見合う緻密な謎解き、そういうものに惹かれるような人にはお勧めである。
関連作品:
『ツーリスト』
『アンノウン』
『ゴーストライター』
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