『タイトロープ』

タイトロープ [DVD]

原題:“Tightrope” / 監督&脚本:リチャード・タッグル / 製作:クリント・イーストウッド、フリッツ・メインズ / 撮影監督:ブルース・サーティース / プロダクション・デザイナー:エドワード・カーファグノ / 編集:ジョエル・コックス / 音楽:レニー・ニーハウス / 出演:クリント・イーストウッド、ジョヌヴィエーヴ・ビジョルド、ダン・ヘダヤ、アリソン・イーストウッドレベッカ・パール、レジーナ・リチャードソン、ジェニー・ベック、マルコ・セント・ジョン、ランディ・ブルックス、ジェイミー・ローズ、フリッツ・メインズ、グレアム・ポール、ジャネット・マクラクラン、デヴィッド・ヴァルデス / マルパソ製作 / 配給:Warner Bros.

1984アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:岡枝慎二

1984年9月15日日本公開

2009年9月9日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

DVD Videoにて初見(2012/03/05)



[粗筋]

 ニューオーリンズで、娼婦が立て続けに殺害された。いずれも絞殺、指紋といった明瞭な痕跡はないが、代わりに赤い繊維が残されている。

 捜査の責任者である殺人課刑事ウェス・ブロック(クリント・イーストウッド)は、彼女たちの職場に手懸かりがあると判断し、夜の街に頻繁に出向くようになった。しばらく前に妻が出て行っており、アマンダ(アリソン・イーストウッド)とペニー(ジェニー・ベック)のふたり娘を家に残している後ろめたさを覚えながら、ブロックは聞き込みの傍ら、女たちと戯れる。

 そうしているあいだにも、犯行は繰り返された。女性の身の安全に関わる事件であるから、という理由で、上司のみならず市長からも犯人検挙をせっつかれるなか、ブロックはレイプ犯罪の被害者支援や護身術の指導を行っているベリル・チドボー(ジョヌヴィエーヴ・ビジョルド)と知り合い、少しずつ懇意になっていく。

 だが、犯人の明確な手懸かりが掴めないまま、被害者だけが増えていく。いつしか犠牲者のなかには、ブロックが捜査の中で面識を持った女が混ざり始めていた。そしてブロックの心に、奇妙な疑念が芽生えてくる……

[感想]

 西部劇から脱却して以降、クリント・イーストウッドは個性を活かした人物像に絞りつつも、様々なキャラクターに扮してきた。だが意外にも、というべきか、現代劇のなかで演じた警官は、『マンハッタン無宿』のクーガンと、彼にとって最大の当たり役であるダーティハリーしかいなかった(『奴らを高く吊るせ!』において保安官を演じているが、これはあくまで西部劇の延長上で考えるべきだろう)。

 そんな彼が、本篇の中で演じた3人目の警官は、当然のようにこれまでとは異なる背景を持っているが、単純に警官役、と捉えなくとも、イーストウッドとしては異色の人物像なのだ。

 実は本篇に至るまで、イーストウッドはきちんと家庭を持っていた人物を演じたことがないのである。背景が一切提示されていない人物も多く、そもそも家庭があるかどうかも不明瞭な場合が多いが、本篇のように、既に妻には逃げられているとはいえ、はっきりと家族の存在が示されたキャラクターというのは、いままで演じていなかったのだ。普通に考えればそっちのほうが意外なのだが、これまで一貫して精神的なマッチョを選択してきたイーストウッドが、『ダーティファイター』シリーズをはじめとする人情路線を経て、ひと皮剥けた結果なのだろう。本篇に先行する『ダーティハリー4』で、このキャラクターをいったん極めたあとで、まったく異なる人物像に移行する、という流れの組み立ては、如何にも彼らしい。

 作品の空気も、これまでとは微妙に異なったものを感じさせる。従来は語ることを最小限に、しかし表現に厚みを持たせて描いていたが、本篇はイーストウッド自身の台詞の量は相変わらず控えめでも、情報量は決して少なくはない。音楽で煽ったりしないあたりは従来通りでも、静かながらテンポが良くスタイリッシュな語り口に、『ダーティハリー』シリーズとも一線を画したイメージがある。演出がイーストウッド自身ではない、とは言い条、この手触りの違いは製作の上ではなから意図したものだろう。人情路線での手探りを経て、また新しいステップに踏み出したことを感じさせる。

 ただ、そうした意図を汲み取ることは出来ても、残念ながらストーリーとしてはあまり面白みがない、と言わざるを得ない。イーストウッド演じるブロック刑事の生活と、捜査を介して接する女たちとのやり取りなど、ディテールに雰囲気が漲っていることと、穏やかだがテンポのある編集ゆえに飽きることなく約2時間を見せられてしまうが、刑事ドラマならではの追いつめていくスリルにも乏しければ、謎解きの醍醐味、結末の意外性も欠いている。何故犯人がブロックの自宅を襲ったのか、という謎も、話をなぞる限りでは非常に安易な結論しか出せないし、作り手の目線からしても、描写をクライマックスに繋げる工夫が少ないので、カタルシスが今ひとつ足りない。細部の趣向にインパクトがあるだけに、それをうまく束ねることが出来ていないのが勿体なく思える。

 従来のイーストウッドのイメージとは一線を画した人物像、スタイリッシュでテンポのいい語り口に、今まで以上にジャズ風のBGMがしっくりくる表現など、観ていて味わい深い作品ではあるのだが、如何せん刑事ドラマとしてもサスペンスとしても煮え切らない出来映えなのが惜しまれる。ハードボイルド・タッチのムードを堪能しつつ、新しいイーストウッド像に注目する、という程度で鑑賞するのがいい匙加減かも知れない。

関連作品:

アルカトラズからの脱出

マンハッタン無宿

奴らを高く吊るせ!

ダーティハリー4

ブロンコ・ビリー

真夜中のサバナ

センチメンタル・アドベンチャー

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

コメント

  1. maru より:

    「ガントレット」のベンもお忘れなく
    その後「シティヒート」もあります

  2. tuckf より:

    あ、確かに『ガントレット』も刑事でしたね。あれは追われるようになってからのほうが長いので忘れてました。

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