原作:宮沢賢治 / 監督、脚本&絵コンテ:杉井ギサブロー / 監修:天沢退二郎、中田節也 / キャラクター原案:ますむら・ひろし / アニメーション監督:前田庸生 / 作画監督:江口摩吏介 / 美術監督:阿部行夫 / 映像ディレクター:篠崎亨 / 音楽:小松亮太 / 主題歌:小田和正『生まれ来る子供たちのために』(アリオラジャパン) / 声の出演:小栗旬、忽那汐里、草刈民代、柄本明、佐々木蔵之介、林家正蔵、林隆三 / 制作:手塚プロダクション / 配給:Warner Bros.
2012年日本作品 / 上映時間:1時間48分
2012年7月7日日本公開
公式サイト : http://www.budori-movie.com/
ワーナー・ブラザース試写室にて初見(2012/06/20) ※試写会
[粗筋]
グスコー・ブドリ(小栗旬)の父ナドリ(林隆三)は、周囲からも一目置かれる優れた木樵であった。母(草刈民代)と妹ネリ(忽那汐里)、4人は平穏に暮らしていたが、ある年を境に生活は一変する。
様々な恵みをもたらしていた太陽が射さなくなり、植物の生育が悪くなる。収入が乏しくなるどころか、まともに食糧さえ調達出来ない日々が続いた。やがて、父が「食糧を探してくる」と言い残して出ていき、母もまたそんな父の行方を捜す、と言い、最後の食材の場所をブドリに教えて去っていった。
残されたのはブドリとネリの兄妹のみ、しかしその2人だけが食いつなぐことも難しくなる。健気なネリが、「お腹が空いてないから、お兄ちゃん食べて」と呟いたそのとき、どこからともなく現れた男・コトリ(佐々木蔵之介)がネリをさらっていった。ブドリには、なすすべもなかった。
遂にブドリは家を離れ、食と生活の場を求めて森をあとにする。依然として冷害が続くなか、趣向を凝らして一儲けを目論む山師・赤ひげ(林家正蔵)と知り合ったブドリは彼のもとでしばし働くこととなった。熱心に働き、アイディアも提示するブドリを赤ひげは気に入ったが、しかし長引く不作に、ブドリを雇い続けることが出来なくなってしまう。餞別を与えられたブドリは、僅かな荷物を手に列車に乗り込んだ……
[感想]
名作長篇アニメーション『銀河鉄道の夜』を生んだ、原作宮沢賢治、キャラクター原案ますむら・ひろし、監督杉井ギサブローの組み合わせが久々に復活した作品である。
日本の田園風景、農村の人々の心情を巧みに汲み上げ、幻想的に描き出した宮沢賢治の、一種濃縮したような日本的価値観に満ちた作品世界を、ますむらひろしによる猫をベースとした愛らしいキャラクターで和らげ、何処か見知らぬ世界のような、それでいて日本の空気を漂わせた映像に仕立てた『銀河鉄道の夜』は未だに語り草となっている名品だが、あれからだいぶ間隔を置いて製作された本篇は、しかしあの特徴的な空気を見事に踏襲している。
物語世界の“日本”らしさはより強調されている。それは農村の光景のみならず、木樵や農民、後半になって登場する“火山学者”という職掌まで、日本の風土を感じさせる光景、設定が多くちりばめられているからだろう。そこで繰り広げられる悲しい出来事もまた、かつて日本の農村では決して珍しくなかったことを窺わせ、異様に生々しい。
しかし、そうしたどぎつさを、決して深刻にしすぎない語り口と、残酷ながらも美しい自然描写が巧みに和らげ、リアルだが幻想的な手触りを留めている。飢え死にしかかった兄妹のもとに突如襲来する“謎の男”や、途中に出て来る糸紡ぎのエピソードなどがさほど違和感なく馴染むのは、映像演出の匙加減が絶妙であることの証左と言えよう。
惜しむらくは、そうした特徴的なイメージが多く羅列される一方、そのイメージを優先しすぎたが故の、惨たらしくも淡々とした展開に、どうしても飽いてしまう。細かな描写から、背後で何が起きているのかは充分察せられるが、痛ましさよりも柔らかさ、奥底に流れる優しさのほうが色濃い。毒は確かにあるが、それを強く意識させないので、どうも波乱を感じさせなくなってしまう。ちょうど試写会が行われた日、早朝近くまで仕事をしていて集中力を欠いていた私は、映像の美しさ、表現の確かさを評価しながらも、正直なところ眠気に抗うのがひと苦労だった。
とは言うものの、デジタルの技術を使用して鮮明になり、それでいて温もりも冷たさもしっかりと織りこんだ映像は、映画館で鑑賞する価値がある。そして、終盤でのブドリの選択、そのことが彼に気づかせる事実は、哀しみと同時に快い余韻を観るものに残すはずだ。
如何せん、宮沢賢治という作家の作品、世界観自体が既に好き嫌いの明確に分かれるものであり、その精神を巧みに敷衍した本篇は、『銀河鉄道の夜』以上に人を選ぶかも知れない。しかし、猫をモチーフとした登場人物による『銀河鉄道の夜』に強く惹かれた、という方であれば、たぶん裏切ることはない。そして、もともと賢治の世界観が苦手だった、というひとでも、いまこの形で触れたなら、また違った印象を抱くのではなかろうか。
関連作品:
『カラフル』
『猫の恩返し』
『山桜』
『TAJOMARU』
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