原題:“Tinker Tailor Soldier Spy” / 原作:ジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(ハヤカワ文庫NV・刊) / 監督:トーマス・アルフレッドソン / 脚本:ブリジット・オコナー、ピーター・ストローハン / 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ロビン・スロヴォ / 製作総指揮:ジョン・ル・カレ、ピーター・モーガン、ダグラス・アーバンスキー、デブラ・ヘイワード、ライザ・チェイシン、オリヴィエ・クールソン、ロン・ハルパーン / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ,F.S.F.,N.S.C. / プロダクション・デザイナー:マリア・ジャーコヴィク / 編集:ディノ・ヨンサーテル,SFK / 衣装:ジャクリーン・デュラン / 音楽:アルベルト・イグレシアス / 出演:ゲイリー・オールドマン、キャシー・バーク、ベネディクト・カンバーバッチ、デヴィッド・デンシック、コリン・ファース、スティーヴン・グレアム、トム・ハーディ、キアラン・ハインズ、ジョン・ハート、トビー・ジョーンズ、スヴェトラーナ・コドチェンコワ、サイモン・マクバーニー、マーク・ストロング、ジョン・ル・カレ / ワーキング・タイトル製作 / 配給:GAGA
2012年アメリカ作品 / 上映時間:2時間8分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R-15+
2012年4月21日日本公開
公式サイト : http://uragiri.gaga.ne.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2012/06/14)
[粗筋]
1970年代初頭、世界は大戦を経てもなお冷戦のただ中にあり、西側諸国と東側諸国とのあいだで熾烈な諜報戦が繰り広げられていた。
ロンドンに拠点を置く英国諜報部、通称“サーカス”の長であるコントロール(ジョン・ハート)は、組織の中に内通者、“もぐら”がいるという情報を得る。その証拠とともに亡命を要求したハンガリーの将軍と接触させるために、コントロールは諜報員のジム・プリドー(マーク・ストロング)を送りこむが、それは巧妙な罠だった。プリドーは銃撃され、コントロールは引退に追い込まれる。
以降、“サーカス”長官の後釜にはパーシー・アレリン(トビー・ジョーンズ)が座った。ビル・ヘイドン(コリン・ファース)、ロイ・ブランド(キアラン・ハインズ)、トビー・エスタヘイス(デヴィッド・デンシック)らの幹部を従え、あるルートで確保されるソ連の情報=ウイッチクラフト情報を探り出し、着実に功績を上げていた。
だが、コントロールの失脚から時を経て、かつてコントロールの右腕であった元諜報員ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)を、英国情報機関の監査役であるオリヴァー・レイコン次官(サイモン・マクバーニー)が突如として呼び出した。レイコン次官は昨今の“サーカス”の活動に、ソ連に情報が漏れている可能性を危惧し、いちど組織を離れた、しかし極めて有能であったスマイリーの力を借りることにしたのだ。
スマイリーは“サーカス”の新米諜報員ピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)とともに、古いホテルの一室に拠点を構え、地道な捜査を開始する。彼は組織の現状を探るため、かつて情報の精査を担当していたが、いまは解雇されたコニー・サックス(キャシー・バーク)を訪ねる。彼女は記録を手懸かりに、ソ連大使館に勤める男がソ連側諜報員の大物“カーラ”の手先である可能性をアレリンらに報告するが、何故か「判断力を失っている」と言われ、解雇されてしまった、というのだ。
コニーは、“サーカス”の空気が以前と一変している、と指摘するが、スマイリーはそれどころではない緊張を覚えていた。“カーラ”はスマイリーにとっても、極めて因縁の強い人物だったのだ……
[感想]
個人的な事情から、鑑賞後、すぐに感想を書かず、1ヶ月以上放置してしまった。他の作品はそれでも、メモなどを駆使して何とかなったのだが、本篇については非常に後悔している。
原作はスパイ小説の第一人者と言われ、本篇の製作にも携わっているジョン・ル・カレの小説である。スパイ、と言っても映画版『007』シリーズのようなアクション重視、絵的な派手さを尊重するものではなく、現実に即した、生々しく地味、しかし多くの人間の思惑が複雑に絡みあう、まさに“諜報戦”の名に相応しい知的な趣向がメインだ。
原作者自らが製作に名を連ねていることからも察せられる通り、本篇はそういう、原作の方向性に忠実な内容となっている。描写は淡々とし、男性中心の映像は渋くはあるが全般に地味、そして様々な思惑が輻輳するプロットは、漫然と観ていてはきっと混乱に陥る。私が時間を置いて感想を書こうとして、つまずいたのもこの点だ――観ているあいだ、知的な刺激にビリビリとするが、いざ思い出そうとすると、複雑すぎて正確に反復出来ない。パンフレットを参照して何とか書き上げたが、パンフレットの粗筋にある“抜け”を埋められず、ひたすら往生した。
しかし、観ているあいだに味わう、“静かな緊張感”とでも呼ぶべき感覚は忘れられない。諜報組織の内部を蝕む裏切りの構図、そのなかで決して乱れることなく、“もぐら”を追い求めるジョージ・スマイリーの佇まいが印象的だ。以前は悪役として唯一無二の存在感を示したゲイリー・オールドマンが、時代背景を鑑みても野暮ったく、風采の上がらない雰囲気だというのに、不思議と凛々しさ、芯の強さを湛えた、異色のヒーローを見事に体現し、真相へと迫っていく。
本篇では終始、派手なアクションも銃撃戦もほとんど描かれることがない。一歩踏み外すと死に向かって転がり落ちていきそうな緊迫感を漲らせながらも、最後までろくに血は流れない。それと同時に、一見単純そうでありながら、なかなか背景を窺わせず、ラストまで誰が“もぐら”なのかほとんど見当がつかない。話の流れから観客として憶測は出来ても、確信は得られず、ギリギリまで翻弄されるはずだ。
その巧さは、構成にも表れている。しばしば唐突に過去に移動することに戸惑いを覚えるかも知れないが、いつしかその特徴的な語り口に慣れたあとで、思いがけない一撃を食らわされる。きちんと整理しながら観ている人でも、説明なしに繰り広げられる謎めいた筋に漫然と振り回されている人でも、幾つかの事実が示された瞬間に、静かな驚きを味わわされるはずだ。
前述した通り、派手さは微塵もない。しかし、古典映画のように風格のある構図で描き出される人物や街並のムードは、淡々としながらも張り詰めた物語とあいまって滋味深い。中心人物として静かに立ち回るジョージ・スマイリー同様に、いぶし銀の香気を備えたスリラーである。
関連作品:
『ナイロビの蜂』
『英国王のスピーチ』
『戦火の馬』
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