『強奪のトライアングル』

新宿武蔵野館、屋内受付手前の壁に掲示されたポスター。

原題:“鐡三角” / 監督&製作:ツイ・ハークリンゴ・ラムジョニー・トー / 監督補:ソイ・チェン / 脚本:ハーフ・レジャー、ケニー・カン、シャロン・チュン、ヤウ・ナイホイ、オー・キンイー、イップ・ティンシン / アクション監督:チン・ガーロッ、ユエン・ブン、ブルース・マン / 撮影監督:チェン・シウキョン / 美術:レイモンド・チャン、トニー・ユー / 編集:デイヴィッド・リチャードソン / 衣装:スタンリー・チョン、ウィリアム・フォン / 音楽:ガイ・ゼラファ / 出演:サイモン・ヤム、ルイス・クー、スン・ホンレイ、ケリー・リン、ラム・カートン、ラム・シュー、ヨウ・ヨン、リー・ハイタオ、イップ・チュン / 銀河映像(香港)有限公司、フィルム・ワークショップ製作 / 配給:PHANTOM FILM

2007年香港、中国合作 / 上映時間:1時間33分 / 日本語字幕:寺尾次郎

2012年8月11日本公開

公式サイト : http://www.3hknoirfes.net/

新宿武蔵野館にて初見(2012/08/18)



[粗筋]

 ある嵐の晩、3人の男達が、額を付き合わせ、強盗計画の打ち合わせをしていた。3人それぞれに困窮した末の話し合いだったが、もともとただのエンジニアであるサン(サイモン・ヤム)はこの期に及んで尻込みをする。襲撃後、逃走する車を待機させ、運転するだけの役回りでも、サンには重荷だったのだ。話を持ちかけたファイ(ルイス・クー)は何とか取りなして話を持ち越すが、モク(スン・ホンレイ)はファイの話自体に胡乱なものを感じる。そこへ見知らぬ年輩の男が、不意に3人に声をかけてきた。カネが欲しいなら、大きな仕事がある。気が向いたら連絡して欲しい、と男はサンたちに名刺と、1枚の金貨を置いて去っていった。

 サンと、骨董屋であるモクが金貨の素性を調べると、歴史のある、非常に高価なものであることが判明する。それを身許の証として置いていく男の話に3人は、俄然興味を抱いた。

 サンはかつて、最愛の妻を交通事故で喪い、その後、妻の親友であったリン(ケリー・リン)と再婚している。しかしサンは、そんな妻に日頃、薬を飲ませており、リンは自分が殺されかけているのでは、と恐れおののいていた。リンはそのことを刑事であるウェン(ラム・カートン)に相談するうちに肉体関係に陥ってしまっている。ファイはひょんなことからその事実を知ってしまったが、彼もまた、強盗計画の件で運転手の手配について、首謀者であるヤクザからせっつかれており、サンの悩みを増やすわけにはいかず沈黙を決めこむ。寡黙なモクも、株に手を出したことで店の経営が立ちゆかなくなっており、3人ともに複雑な瀬戸際に立たされていた。

 それぞれの思惑を抱えながら、3人は名刺の男に連絡を取ろうと考えるが、まさにそのとき、テレビのニュースで、実業家が肺炎で急死したことを伝えており、その男こそ名刺を渡したチャン(イップ・チュン)という人物そのものだったのだ。

 困惑するサンたちだったが、手懸かりからチャンが彼らに何をさせようとしていたのかを探り出し、あえてその計画を実行に移す。それは、政府ビルの基礎部分に隠されていたと思しい“箱”の回収であった――

[感想]

 この作品、非常に変わった撮り方をしている。まずツイ・ハーク監督が序盤30分を撮り、その内容を受け継いで、リンゴ・ラム監督が中盤30分を製作する。そして、ジョニー・トー監督が終盤30分を撮り、話を締めくくる、という形である。同じ製作費、それぞれの手法で撮る代わり、ストーリーについてはいっさい相談せず、各々勝手にやったというのだから、まず何とかまとまったこと自体が驚きだ、とさえ言える。

 しかも、出演者や状況設定は踏襲しているにも拘わらず、それぞれの監督作品を観ていると、何となくバトンタッチした箇所が察せられるのが面白い。私はあいにくと、リンゴ・ラム監督作品をまだ観たことがないのだが、ツイ・ハーク監督は代表的な何本かをつい最近観ているし、ジョニー・トー監督に至ってはけっこうな本数を観ている。そうすると、序盤の奔放さ、派手な風呂敷の広げ方は如何にもツイ・ハークらしいし、終盤の混沌とした、ユニークだが何処か哲学的な締め括りは、実にジョニー・トーらしい。

 ここまで個性が明確なのに、トータルで決して整合性を欠いていないのは、そもそも3人が以前からの友人であり、それぞれのやり方を理解していたから、ということも大きいのだろうが、3人以外に全篇でアシストを担当する監督を置き、編集についてはひとりの人物に委ねた、ということが効いているようだ。監督補であるソイ・チェンは自身が『ドッグ・バイト・ドッグ』や『アクシデント』といった優秀なサスペンスを手懸けている監督であり、恐らくはメインとなる3人が信頼を置くはずの人物がいたことは大きかっただろう。編集についても、作品によっては監督以上に作品の仕上がりを左右するポジションであり、ここまで3人のエゴを通さなかったことで、企画の面白さだけが際立つ作品に終わらずに済んだ。

 率直に言えば、それぞれに相談をせず、アドリブ的に繋ぎ、膨らませていく撮り方は、やはり全体像を歪にしてしまっている。編集の段階で恐らくかなり調整は施されているだろうが、それでもところどころに取り漏らしたと思しい伏線があったり、無理に方向性を切り替えたように感じられる部分が少なからずある。

 その点で最も顕著なのは、サンの妻リンの描写だ。彼女については、3人の監督それぞれに肉づけががらりと変わっており、実に目まぐるしい。序盤は夫の不穏な行動に悩まされ翻弄される妻、という趣だが、中盤では一点、彼女自身が狂気を孕んだ存在に見えてくる。そして最後には一種、超然とした振る舞いを見せており、その極端な変化は面白いのだが、こう言ってはなんだが無節操なキャラクターにも感じられる。各パートで、それぞれの監督が自身の求める方向へと話を導こうと工夫するあまり、誰よりもわりを食ってしまったようだ。

 そうした極端な変化は、一風変わったリレー形式で撮られたことを前提として知っていると興味深いポイントなのだが、もし作品に対してさほど予備知識もなく接したとしたら、戸惑いを覚える一因となるだろう。ジョニー・トー監督(及びヤウ・ナイホイ&オー・キンイーらお馴染みの脚本チーム)によるユニークな締め括りも、このスタッフらしさを濃密に滲ませつつもよく纏めているのだが、それでもとっ散らかった挙句に強引に終わらせた、という印象を抱くかも知れない。

 ろくに相談もせず、順繰りに話を膨らませていったからこその予測不能の筋書きはサスペンスとして優秀だが、結末にこそ肝がある、という判断基準を用いる方には、本篇はしっくり来ない可能性がある。ジョニー・トー監督の関連作品に親しんでいるなら、この決着は如何にも彼らしい、と納得がいくはずだが。

 特殊なスタイルにも拘わらず、きっちりとまとめ上げたことも賞賛に値するが、しかしそれよりはやはり、ユニークな制作過程と、どのようにバトンタッチされ、どんな風に物語が変化していくのか、という点にこそ本篇の面白さがあるように思う。関わった3人の監督や、昨今の香港映画に親しんでおり、その表現手法自体を吟味する愉しさを知っている人には“必見”と言いたいほどお薦めの作品だが、そうでない人にとってはどうだろう――芯が通りつつも風変わりな内容なので、一見の価値はあると思うのだが、ちょっと迂闊には薦めづらい。

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