『るろうに剣心 最終章 The Beginning(IMAX with Laser)』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン10入口脇に掲示された『るろうに剣心 最終章 The Beginning』チラシ。
TOHOシネマズ新宿、スクリーン10入口脇に掲示された『るろうに剣心 最終章 The Beginning』チラシ。

原作:和月伸宏 / 監督&脚本:大友啓史 / プロデューサー:福島聡司 / エグゼクティヴプロデューサー:小岩井宏悦 / アクション監督:谷垣健治 / 撮影監督:石坂拓郎 / 照明:平野勝利 / 美術:橋本創 / 装飾:渡辺大智 / 編集:今井剛 / キャラクターデザイン&衣装デザイン:澤田石和寛 / VFXスパーヴァイザー:小坂一順 / 録音:湯脇房雄 / 音楽:佐藤直紀 / 主題歌:ONE OK ROCK / 出演:佐藤健、有村架純、高橋一生、村上虹郎、安藤政信、大西信満、池内万作、藤本隆宏、和田聰宏、中村達也、荒木飛羽、窪田正孝、江口洋介 / 配給:Warner Bros.
2020年日本作品 / 上映時間:2時間17分
2021年6月4日日本公開
公式サイト : http://www.rurouni-kenshin.jp/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2021/6/10)


[粗筋]
 時に文久三年。高杉晋作(安藤政信)が主導した奇兵隊の募集に、緋村剣心(佐藤健)は応じた。その場で示した、幻の剣術・飛天御剣流の凄まじい技倆に着目した桂小五郎(高橋一生)は、いちども人を斬ったことはない、という緋村を、幕府側の要注意人物を暗殺するための“人斬り”として採り上げた。
 それから1年後の元治元年、既に緋村の存在は《人斬り抜刀斎》の二つ名によって轟いていた。桂や側近の飯塚(大西信満)らが結集した密議の場に呼び出された緋村は、桂から京に《壬生の狼》と渾名される幕府側の組織《新撰組》が活発に動き、倒幕派を討っている、と伝えられ、用心するように忠告される。
 それでも緋村の任務はあとを絶たなかった。ある晩、緋村は京都見廻組・重倉十兵衛討伐の任を与えられた。いつものように側近ごと倒し、斬奸状を残して立ち去るはずが、この夜だけは様子が違った。ただひとり、いくら斬られても立ち上がり、生に執着する侍がいた。最終的にとどめを刺したが、この男の執念は無双だった緋村の頬にひと筋の刀傷を刻みつける。その日以来、しばしば緋村の脳裏にはあの男の姿がしばしば蘇るようになった。
 緋村が酒場で呑んでいると、珍しく美しい女がひとりで冷や酒を傾けていた。維新志士を標榜する輩が絡んだのを制して店を立ち去ったとき、緋村は初めて、隠密の者と思しき刺客に襲撃される。見事斬り果たしたが、その現場を、酒場にいたあの女に見られていた。「あなたは、本当に血の雨を降らせるのですね」そう呟いて、女は気を失う。
 やむなく緋村は女を、長州藩の志士たちがねぐらとしている小萩屋に連れ帰った。翌る朝、女はなぜか、自ら申し出て女中の仕事を手伝い始める。“人斬り”としての姿を目撃された緋村は、彼女をないがしろにも出来ず、女はそのまま宿に居座ってしまった。
 雪代巴(有村架純)と名乗ったその女こそ、のちに緋村が逆刃刀に持ち替え、“人斬り”を返上する契機を与えるのだった――


TOHOシネマズ新宿の5階ロビーに展示された『るろうに剣心 最終章 The Final』『 同 The Beginning』の、たぶん大友啓史監督とキャンペーン担当・長尾卓也のサイン入りポスター。
TOHOシネマズ新宿の5階ロビーに展示された『るろうに剣心 最終章 The Final』『 同 The Beginning』、たぶん大友啓史監督とキャンペーン担当・長尾卓也のサイン入りポスター。


[感想]
 2011年に製作を開始し、実に10年にまたがったシリーズの、いちおうは最後の作品であり、そしてすべての物語の始まりに位置する作品である。
 いちおう、と予防線を張ってしまうのは、第3作でいったん有終の美を飾ったように捉えていたからだ。しかし、『伝説の最期編』から5年を経て、2部作となる最終章が発表された、という経緯がある。それゆえ、まだ少し軽快してしまうのだ。
 とはいえ、先行して公開された『るろうに剣心 最終章 The Final』および本篇の内容は、これまで明確に語られなかったるろうに・緋村剣心の謎に触れ、そして過去をそのまま語るものであり、抜けていたピースを完全に補った、と感じる。かつて人斬りであった剣心の因果がすべて払拭されることは難しく、その気になれば更に物語を紡ぐことは出来るだろうが、ほとんどが第1作から継続して携わったスタッフ、キャストは完全燃焼した、と思われる。次作が企画されるとしても仕切り直しとなりそうで、本篇こそ2011年から始まったシリーズの到達点、と言い切ってしまっていい、と考える。
 しかし、旧作で活躍したキャラクターが多く再登場して、このシリーズらしい時代劇の要素を採り入れつつも特徴的なガジェットを用いた派手なアクションを詰めこみ、アクション・エンタテインメントとしてシリーズを総括した『The Final』に対し、本篇はアクションもドラマもよりハードだ。ほかの作品と異なり、本篇の緋村剣心は“人斬り”として世を騒がせていた真っ最中だ。旧作で披露した剣技から“不殺”の信念を覗くのだから、当然その描写は血飛沫が増え残酷を窮める。冒頭のシークエンスからして、襲撃を対馬藩邸に伝える男の右腕は既に抜刀斎によって切り落とされている。そうして姿を現した抜刀斎=緋村剣心は後ろ手に縛られた状態だが、そこから場を制圧し、最初は手を使わずに戦い続ける。やがて拘束を解くと、邸内に居合わせたものを文字通りの血祭りに上げていくのだ。その鬼気迫るさまから、本篇に登場する剣心が、地続きでありながらまだ私たちの知る彼でないことをまざまざと実感させる。
 この序盤における緋村剣心の表現は独特だ。戦いの場でも、それを報告する場面でも、彼の言動には無垢さが窺える。自らの行う“人斬り”が大義に基づくものであり、その確信ゆえに感情に淀みがない。この時点での緋村剣心は、自らの正しさに疑いを持たない、純粋すぎる子供だった。
 そこに、初めて曇りをもたらすのが、第1作でも描かれた、緋村剣心の頬に刀傷を残した事件だ。幾度着られても立ち上がり、トドメを刺される直前まで生きることに執着した男――のちに清里とその名が明かされる男の姿が、緋村の記憶に強く刻みこまれる。
 意識的だったのか無意識になのか、恐らくこのときまで緋村は、自分が斬ったひとびとにもそれぞれの信念があり、生き様があったことを想像していなかった。だが、目の前で命に執着する姿を目撃して、その現実を意識してしまった。
 すぐに大きな変化は起きない。相変わらず《人斬り抜刀斎》は優秀な刺客として刀を振るうが、雪代巴と出会い、彼女が傍らにいるようになって、緋村の変化は同志たちの目にも如実になっていく。それまでは人の気配があればすぐに覚醒していた緋村が、巴の前では熟睡するようになり、言動に微かな躊躇いが生じ始める。
 この作品、普通の恋愛ドラマのように、親しくなる過程、心がぐっと近づく出来事を描写したりはしない。それゆえに、いったいいつ頃から緋村が巴に心を開くようになったのか、なにが理由で愛情を抱くようになったのか、は解らない。そこに物足りなさを感じる向きもあるかも知れないが、言動から現れる心情の変化が実に繊細に描かれていて、極めて情緒豊かだ。そうして変化していく己に、緋村が微かな恐怖や不安を抱いていることも窺わせる巴とのひと幕は、とりわけ印象深い。
 成り行きから、巴と夫婦を装って身を隠すよう指示されたときから、いよいよその変化は如実になる。初めての穏やかな暮らし、土を耕し自然と向き合い作物を育てる姿は、武士らしい厳格さを滲ませながらも鷹揚で優しい。観る者も、この暮らしが続けば良かったのに、と思ってしまうくらいに心安らかな表情は、しかしその後の展開の察しがつくだけに、観ている者には切なささえ匂い立ってくる。
 かくして物語はクライマックスへと突き進んでいくが、まさにこのくだりこそ、この前日譚をわざわざ『The Final』から切り離し、1章に仕立てた所以だろう。本篇の激しさよりも情緒を重んじたような描写は、このくだりのためにあった、と感じさせる圧巻のひと幕だが、しかし、このクライマックスの凄みはシリーズの先行作を追ってきた者ほど実感できるはずである。まさにこのくだりで本当に、どうして剣心の頬に十字傷はつけられたのか、何故彼は妻にまでした女性を自ら斬殺しなければならなかったのか、が明確に解る。この時代だからこその正義の相剋と、あまりに強すぎた《人斬り抜刀斎》という存在、そこに食い込んだ《雪代巴》の宿命。そうして仕組まれた壮絶な罠に、緋村はまんまと嵌まってしまった。頷かされるとともに、避けようもない結末は、強く胸を打つ。
 このクライマックスの一部は『The Final』でも引用されているが、むしろより鮮烈なのは、シリーズ旧作に登場したシーンの引用だ。撮り直したのか、あえてそのまま流用したのか、しっかり見較べてはいないので断言は出来ないが、シリーズ旧作を観た者なら間違いなく記憶に残る場面が、本篇において克明に背景を描いたことで、より一層説得力を増し、更に鮮烈なものとなっている。
 単品でも娯楽要素と情感を併せ持つ秀作だ。しかし、シリーズの先行作を観たうえでこそ本篇はより大きなものに感じられる。そして、本篇が存在することで、『るろうに剣心』はシリーズ全体としての価値をより高めている。
 シリーズのなかでぼかされていた部分を明瞭にし、時代劇の文脈にある重厚なタッチと、シリーズ本篇の激しさを拡張したアクションで彩った、見事な幕引き。むろん、その気になればまだ語り継ぐことは可能だろう。しかし、足りなかったパーツを完璧に埋め、それまでの4作の価値をも高めた本篇で決着とするのがいちばん美しい、と思う。


関連作品:
るろうに剣心』/『るろうに剣心 京都大火編』/『るろうに剣心 伝説の最期編』/『るろうに剣心 最終章 The Final
いぬやしき』/『思い出のマーニー』/『スパイの妻〈劇場版〉』/『犬ヶ島』/『貞子vs伽椰子』/『キャタピラー』/『寄生獣 完結編』/『騙し絵の牙』/『銀魂2 掟は破るためにこそある』/『一度も撃ってません
夜叉(1985)』/『海辺の映画館-キネマの玉手箱

コメント

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