原題:“Back to the Future Part II” / 監督:ロバート・ゼメキス / 脚本:ボブ・ゲイル / 製作:ニール・キャントン、ボブ・ゲイル / 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル / 撮影監督:ディーン・カンディ / 特撮:ILM / プロダクション・デザイナー:リック・カーター / 衣裳:ジョアンナ・ジョンストン / 編集:ハリー・ケラマイダス、アーサー・シュミット / キャスティング:ヴァロニー・マサラス、マイク・フェントン、ジュディ・テイラー / 音楽:アラン・シルヴェストリ / 出演:マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、リー・トンプソン、トーマス・F・ウィルソン、エリザベス・シュー、ジェームズ・トルカン、ジェフリー・ワイズマン、ケイシー・シマーシュコ、ビリー・ゼイン、J・J・コーエン、チャールズ・フライシャー、ジェイ・コッチ、チャールズ・ジェラルディ、リッキー・ディーン・ローガン、ジェイソン・スコット・リー、イライジャ・ウッド / 配給:ユニヴァーサル×UIP Japan / 映像ソフト発売元:GENEON UNIVERSAL ENTERTAINMENT
1989年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:戸田奈津子
1989年12月9日日本公開
2012年11月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
TOHOシネマズ西新井にて初見(2013/05/24) ※バック・トゥ・ザ・シアターVol.3
[粗筋]
無事に現代への帰還を果たしたマーティ(マイケル・J・フォックス)だったが、そこへふたたびドクことブラウン博士(クリストファー・ロイド)の運転するデロリアンが、別れたときよりも進化した姿で舞い戻ってきた。ドクいわく、未来のマーティの息子が窮地にあり、助けるためにマーティが必要だ、というのだ。ちょうどマーティを訪ねていた恋人ジェニファー(エリザベス・シュー)も伴い、ふたりは再び時間を跳躍する。
向かったのは30年後、2015年。ドクがマーティに見せた新聞記事には、マーティ・マクフライJr.(マイケル・J・フォックス/二役)が盗みを働き逮捕されたことが報じられていた。懲役刑となった彼を助けるために妹が脱獄を手伝って失敗、彼女も刑務所に入れられ、マクフライ家はこの出来事により破滅の一途を辿ることになる、という。ドクはマーティが息子と瓜二つであることを利用し、グリフ(トーマス・F・ウィルソン)という若者から何を誘われても断るよう指示した。
マーティJr.がグリフと逢うレトロ喫茶店で、マーティの父ジョージ(ジェフリー・ワイズマン)としばしば対立していたビフ(トーマス・F・ウィルソン/二役)とはち合わせ、更にマーティJr.と交錯するハプニングにも見舞われたが、辛うじて事態の収拾に成功したマーティは、ドクと、作戦の最中に眠らせておいたジェニファーとともに、彼らが本来いるべき時代、1985年に舞い戻る。
だが、馴染み深いはずの街の様子は一変していた。一帯はまるでスラムのように荒れ果て、マーティの家には別の家族が住んでいる。町の中心の広場には、ビフ・タネン顔写真を誇らしく掲げたカジノが佇み、街を睥睨していた。
どうやら、ドクとマーティがデロリアンから離れている隙に年老いたビフが彼らの秘密に気づき、過去へ飛んで、若い自分自身に金儲けの方策を伝えたらしい。このままでは、彼らの知っている未来は決して訪れない――事態を解決するため、ふたりは老ビフがどの時代に飛び歴史を改竄したのかを探るべく、街の帝王となったビフへの接触を試みた……
[感想]
前作の感想にも記したとおり、時期を逃したことと、第1作に対する愛着ゆえに、2作目、3作目にはずっと接してこなかった。だいぶこだわりは薄れてきたし、きちんと評価するために観なければ、という意識は芽生えつつも、それでもなかなか腰が上がらなかったが、TOHOシネマズ系列にて行われている、往年の名作をデジタル化して上映する“バック・トゥ・ザ・シアター”という企画の1本として上映されるのを幸いと、公開後23年以上を費やして、ようやく鑑賞することとなった。
まず結論から言えば、続篇として決して出来は悪くない。やるべくことはほぼきちんと果たした、堅実な内容である。
あちこちに御都合主義なところが散見されるが、そもそもそういう欠点は前作にもあった。前作はその構造とドラマとの結びつきが完璧に近いレベルだったのであまり意識はしなかったが、もともとSFとしてはあちこちに矛盾を孕んでいるのである。本篇は、青春ドラマとしての掘り下げが甘くなり、なまじ第3作まで既に製作予定が立っていたせいもあるのだろう、伏線が充分に回収されていないきらいがある。或いは第3作で回収されるのかも、という予感はあるが、映画として数篇に分け、それぞれでエピソードが一段落しているのだから、出来ればそのなかでまとめて欲しかった、と感じる。本篇と地続きになっているようでいて、実際には続篇についてさほど具体的な構想がなかったはずの第1作と比べて、そこが劣る最大の要因になっているように思う。
ただ、前述した通り、続篇としてやるべきことはほとんどこなしている。主人公たちが本来いた時代より更に未来を目指す、という新しい趣向を盛り込みながら、過去の出来事も扱い、それが前作のエピソードや映像と絡めることで物語に奥行きを加える、という考え方が隅々まで浸透している。御都合主義の色合いが強い、とは言い条、前作で示した世界観、タイム・トラヴェルの論理から決してはみ出さずに、サスペンスや盛り上がりを築いているのも好感触だ。青春ドラマとして、人間同士の感情が入り乱れるドラマとしての掘り下げはいまひとつになったが、SFとしての面白さ、ストーリー展開の膨らみは決して前作には劣らない。
作中で描かれた未来に間近となっているいまでは、本篇で描かれる2015年の姿がかなり荒唐無稽であるのは明白だが、オーソドックスながらもある程度説得力のあるアイディアに彩られている点は評価しておきたい。現実には存在もしていないが、製作総指揮にも名を連ねるスティーヴン・スピルバーグの代表作『ジョーズ』の続篇がまだ連綿と作られている、というユーモアや、こういう時代にもレトロなものが娯楽として生き残っている、という発想はなかなかツボを突いている。そのままではないにせよ、現実に似たような店などを思い浮かべるひとも多いだろう。過去の視点から眺めて未来に位置する立場から、過去の発想のユニークさを楽しむ、という見方もいまではあり得るだろう。別に、現実と違っているから、といって貶める必要はない。
前作を凌駕する、というところには達していないのは事実だ。続篇があるがゆえに、説明や伏線の回収不足がある、と認められるのも、1篇の作品としては損をしている。しかし、あれほど大ヒットを飛ばし、私のように惚れ込む観客もいた作品の続篇として、充分に理想的な仕上がりと言っていいと思う――それでも嫌われ、憎まれてしまうのは、ある意味避けようのない宿命ではあっただろうけれど。
しかし、エンドロール前にきっちりと続篇の存在を提示しているのだから、今回のデジタル・リマスター版再上映については、出来る限り間隔を置かずに第3作を上映して欲しかったが、現時点では具体的な予定は出ていない。この“バック・トゥ・ザ・シアター”は第1作もかけている以上、企画として続けるからには第3作もかけてくれるはず、と信じたいところだが……さすがに今回は、投げっぱなしになっている要素が多いので、我慢出来ず別の媒体で観てしまうかも知れない。
関連作品:
『フライト』
『ピラニア3D』
『タイムマシン』
『時をかける少女』
『荒野の用心棒』
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