原題:“Filth” / 原作:アーヴィン・ウェルシュ(パルコ出版・刊) / 監督&脚本:ジョン・S・ベアード / 製作:ケン・マーシャル、ジョン・S・ベアード、トルーディ・スタイラー、イェンス・モイラー、セリーヌ・ラトレイ、ウィル・クラーク、ジェームズ・マカヴォイ、クリスティアン・アンガーマイヤー、マーク・アミン / 製作総指揮:マルク・ハンゼル、チャールズ・E・ブッシュJr.、アーヴィン・ウェルシュ / 撮影監督:マシュー・ジェンセン / プロダクション・デザイナー:マイク・ガン / 編集:マーク・エカーズリー / 衣装:ガイ・スペランザ / 音楽:クリント・マンセル / 音楽スーパーヴァイザー:マット・ビーファ / 出演:ジェームズ・マカヴォイ、ジェイミー・ベル、ジョアンヌ・フロガット、イモージェン・プーツ、エディ・マーサン、ジム・ブロードベント / 配給:UPLINK×PARCO
2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間37分 / 日本語字幕:田宮真実 / R18+
2013年11月16日日本公開
公式サイト : http://www.uplink.co.jp/filth/
[粗筋]
スコットランド警察に勤務するブルース・ロバートソン(ジェームズ・マカヴォイ)は警部補を目指し、裏工作に余念がない。彼の目には同僚たちは揃いも揃って無能に映っていたが、念には念を入れよ、とばかりに、日々中傷を吹きこんだり、上司のトール(ジョン・セッションズ)に対しておべっかや密告を怠らなかった。
そんな彼に対し、実質的な警部補権限で委ねられたのが、日本人留学生殺人事件である。筋金入りの差別主義者であるブルースは日本人の生き死にになど一切関心はなかったが、己の実力を証明するべく、意気揚々と捜査に臨む。
――が、しかし何より優先するのは出世欲であり、己の快楽追求である。戯れに同僚についてのネガティヴ・キャンペーンを展開する一方、所属するフリーメイソンの同志である会計士クリフォード・ブレイジー(エディ・マーサン)とともにドイツで女遊びをする計画を放棄するつもりはなかった。
幸いに、ブルースの目にはフェラでトールの歓心を買うしか能が無い女性の同僚に指揮権を任せ、ブルースは旅立つことが出来たが、戻ってきたとき、状況は一変していた……
[感想]
本篇の原作者は、『トレインスポッティング』を手懸けたアーヴィン・ウェルシュである。そう聞くと、なるほど、と頷ける点の多い作品だろう。ドラッグが普通に登場し、倫理観が突き抜けた人物たちが陸続と現れ、クレイジーな騒ぎの果てに絶望的な展開に至る。イギリスを舞台にした風変わりなクライム・コメディ、という大雑把な枠組で括ることも可能な内容だ。
しかし、変わり者だがそもそもドラッグという落とし穴に嵌まって身動き出来なくなっていた『トレインスポッティング』の主人公と異なり、本篇の主人公ブルースは見たところ根っからの“悪徳警官”だ。出世のために周りを蹴落とすことを厭わず、他方で自分はドラッグに手を出し、捜査の関係者を脅し、同僚の妻と倫ならぬ情事に耽る。
フィクションではしばしば、職業倫理に悖る振る舞いをする警官が登場するが、ここまで極端なのはちょっと珍しい。しかもこれを演じているのが、『ラストキング・オブ・スコットランド』や『つぐない』など、アカデミー賞にも絡む名作でその演技力を遺憾なく発揮し、『ウォンテッド』や『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』といった娯楽大作でも存在感を示したジェームズ・マカヴォイである。これまでの役柄が比較的、人間としては真っ当だったのに比べるとあまりにカッ飛んでいるので、“新境地”という言われ方をしているが、しかしもともと演技の振り幅は大きく、どんな役柄でもこなせる力があったはずで、演じること自体は不可能ではなかっただろう。しかし、キャリアからすると汚点呼ばわりされかねない役柄に挑んだことは、それだけで賞賛に値する。このあまりの弾けっぷりに、良識派を自認する方は眉をひそめるかも知れないが、突き抜けた悪党っぷりに爽快感を覚えるひとも決して少なくないはずだ。
当初はまとまったストーリーがあるように見えない。ブルースの衝動的で刹那的な感情の変遷、悪事をランダムに、テンポよく連ねているだけのようにも映る。なにせ、あまりに酷い行動が続くので、そのインパクトだけでも魅せられてしまうが、幾分倦んでしまう感があるのも否めない。ブルースが見る悪夢なども挟んで、観る側を飽きさせない工夫をしているが、どうも捉えどころがない。物語の冒頭で描かれた殺人事件をブルースが放置していることが引っかかりのようになっているが、それが喚起するのは「このままだらだらと終わってしまうのではないか」というネガティヴな関心だ。それでも観客を惹きつけはするものの、好意的な興味のみではないだろう。
だが本篇は、一見快楽的な描写のはしばしに、きちんと伏線がちりばめられており、クライマックスに至ると急速に物語を形成していく。なまじ出来事のそれぞれが露悪的な代物で、別のところに興味を惹かれてしまうせいもあるが、本篇はそうした伏線を巧妙に埋め込んでいるので、考えてみれば察しがつく可能性をごまかし、クライマックスにちょっとした驚きを演出する。この面白さには謎解き小説の興趣も感じられる。
そうして導き出される結末は、ある意味この男に相応しい自業自得の悲劇なのだが、不思議なことにその余韻は清々しい。最後まで基本的には下衆なままの主人公だが、その信念を決して否定しきることなく、きちんと決着させているからだ。ラストシーンを作りだすのは絶望ではあるのだが、全篇を支配したグロテスクなアップテンポさを貫いているからこそ、快いのだろう。
R18+という、日本の映画公開のレーティングとしては特に厳しい判定を下されている作品だが、しかしこれは本篇の表現、主題からすれば本望だろう。お子様は立入禁止、清濁併せ呑む――というより濁っているくらいが美味い、と思うようなスレた大人だからこそ愉しめる、ジャンクだが上質な美酒と言えよう。
関連作品:
『つぐない』
『ウォンテッド』
『トランス』
『ディファイアンス』
『28週後…』
コメント