原題:“Gebo et L’ombre” / 原作戯曲:ラウル・ブランダン / 監督&脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ / 製作:ルイス・ウルバーノ、サンドロ・アギラル、マルティーヌ・ドゥ・クレルモン=トネール / 撮影監督:レナート・ベルタ / 美術:クリスティアン・マルティ / 編集:ヴァレリー・ロワズルー / 衣装:アデライデ・マリア・トレパ / 音声:アンリ・メコフ / 音声編集&ミックス:ディアゴ・マトス / 出演:ミシェル・ロンズデール、クラウディア・カルディナーレ、レオノール・シルヴェイラ、リカルド・トレパ、ジャンヌ・モロー、ルイス・ミゲル・シントラ / 配給:alcine terran
2012年ポルトガル、フランス合作 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:トーキーマジック
2014年3月21日日本公開
公式サイト : http://www.alcine-terran.com/kazoku/
[粗筋]
ジョアン(リカルド・トレパ)が消えて8年。父ジェボ(ミシェル・ロンズデール)と母ドロテイア(クラウディア・カルディナーレ)、妻のソフィア(レオノール・シルヴェイラ)は僅かな収入で、倹しく暮らしていた。
ジェボは、息子が消えた本当の理由を知っている。だが、我が子を盲信する妻を悲しませないために、ずっと真実を胸に秘め、折に触れて息子の消息を仄めかして安心させようと努めていた。
しかしドロテイアはそんな夫の思いやりなど知るよしもなく、息子に対して無関心に映る夫を罵った。怒りの矛先はいつしか、実の親のようにふたりに接してきたソフィアにまで向けられ、ジョアンが消えたのは彼女のせいだ、とまで言い出す。それでもジェボは歯を食いしばり、秘密を呑みこんで、心許ない灯りの下、長年の生計を支えている帳簿係の仕事に精を出した。
そんな矢先であった――ジョアンが忽然と舞い戻ったのは。
[感想]
フィクションには“密室劇”というジャンルがある。読んで字のごとく、舞台が部屋ひとつだけであるとか、極めて限定された設定のなかで組み立てられる物語であり、基本的には台詞、人物の細かな表情や仕草が重要となる分野だ。
しかし本篇の“密室”ぶりは桁違いとさえ言える。舞台がほぼ一室に限定されていることもそうだが、カメラアングルまで極端に限られている。もともとマノエル・ド・オリヴェイラ監督はカメラを固定しての1ショットによる撮影を好み、その中で繰り広げられる俳優たちの動きを静かに捉える手法を多用しているが、密室劇でも、画面から動きが乏しくなるのをいっさい恐れず、同様の構図での長回しを繰り返している。
物語、と言うほど込み入った背景もない。息子が行方をくらましてから8年が経過した一家に、忽然と息子が戻ってくる前後2日の出来事、とごく大雑把にまとめればほぼすべてと言っていい。会話の内容にも、これといってポルトガルの歴史や風俗に通じる必要がありそうな部分はない。帳簿係が仕事を家に持ち帰っている、という設定には時代的なものを感じるし、照明がランプしかない点も、物語がかなり昔か、或いは我々の常識が及ばないくらいに隔絶されているか、貧しい地域の出来事を想像させるだけで、それが観る側の理解を妨げることはないはずだ。
だが、それほどにシンプルであるからこそ、本篇の描写は濃密だ。テーブルに着いたあとはしばらくろくに動くこともなく、淡々と会話を重ねているから、強く滲み出る各人の心情。灯りの少なさが漂わせる貧しさと、彼らがそれぞれに抱く寂寥。ひたすらに我が子を信じ続け、他の家族に苛立ちをぶつける母親と、そんな彼女に気づかって自らの知る事実を隠し、黙々と仕事に励む父親。義理の母には責められ、父にそのことで繰り言を漏らしながらも、世話になったふたりに尽くす息子の妻。感情を乱しはしても、決して暴力に及んだりせず、ただただ表情と細かな仕草だけで表現される一家の苦境が胸に迫る。
母のドロテイアは、息子のジョアンさえ戻ってくればこの状況は好転する、と信じていたが、しかし実際にジョアンが戻ったところで話は終わらない。そして続けて描かれる出来事と、最後の出来事とを挟んで抱く彼らの感情を思うと、胸が痛くなる。
この物語に結論じみたものはないが、なまじシンプルであるだけに、観る者の心に必ずなにか響くところがあるはずだ。たとえば、帰還したジョアンが直後に示す行動は道義的に許されるものではないが、彼が口にした家族の生き方に対する批判には、一理あるように感じるひともあるだろう。妻に詰られ、嫁に嘆かれても口をつぐみ、ああいう結論を選んだ父に対して思うところがあるひとも少なくないはずだ。母ドロテイアや嫁ソフィアの立場、訴えにしても、何かしら共感や、記憶をくすぐられる部分があるに違いない。ジョアンの帰還後、友人たちを交えての会話が繰り広げられるが、友人たちの凝り固まった物云いについても、何かしら喚起するものがある。
如何せん、観ていて“愉しい”とは言えない内容だ。美しいが、映像のトーンも暗い。観終わって陽気になれる内容ではないものの、心の襞に沁み入って、何かを刺激せずにおかない、奥行きのある作品である――密室劇だが、その広がりは決して一室に留まるものではない。
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