『記憶探偵と鍵のかかった少女』

新宿ピカデリー、裏通り側入口の脇に掲示されたポスター。

原題:“Mindscape” / 監督:ホルヘ・ドラド / 脚本:ガイ・ホームズ / 原案:マーサ・ホームズ、ガイ・ホームズ / 製作:ジャウム・コレット=セラ、ピーター・サフラン、フアン・ソラ、メルセデセ・ガメロ / 撮影監督:オスカル・ファウラ / プロダクション・デザイナー:アライン・ベイニー / 編集:ハイメ・ヴァルデュエッツァ / 衣装:クララ・ビルバオ / キャスティング:レグ・ポアースコートエドガートン / 音楽:ルーカス・ヴィダル / 出演:マーク・ストロング、タイッサ・ファーミガ、ブライアン・コックス、サスキア・リーヴス、リチャード・ディレイン、インディラ・ヴァルマ、ノア・テイラー、アルベルト・アンマン / 配給:Asmik Ace

2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間39分 / 日本語字幕:風間綾平 / PG12

2014年9月27日日本公開

公式サイト : http://kiokutantei.asmik-ace.co.jp/

新宿ピカデリーにて初見(2014/10/03)



[粗筋]

“記憶探偵”と呼ばれる専門家たちが活躍を始めている。彼らは他人の記憶に潜入し、そこから被験者が現在抱えている悩みや、問題に繋がるトラウマを解消する、或いは重大な事件を解決に導く手がかりを探り出すのだ。法廷では未だ証拠として評価はされていないが、既に事件捜査においても活用され始めている。

 妻を不幸な出来事で失い、しばらく現場を退いていた記憶探偵のジョン・ワシントン(マーク・ストロング)は、久々に上司であるセバスチャン(ブライアン・コックス)のもとを訪ねたさい、ひとつの案件を提示された。拒食症に陥った少女を調査して欲しい、というものだった。

 被験者はアナ(タイッサ・ファーミガ)という少女である。森深くにある広壮な屋敷に暮らす彼女は、優れた知能と、それ故にいささか取っつきづらいタイプだった。幼少時から奇妙な行動で母親を悩ませ、最近は自傷行為を起こし、現在は高校を休んで24時間の監視下に置かれている。

 予備的な問診の際にも、診断の意味を汲み取ってしまうアナはジョンにとっても扱いづらい被験者だったが、一通り準備を済ませると、アナの記憶に潜入する。

 繰り返しのセッションで、アナの記憶には様々なトラウマの要因があることが浮き彫りになってきた。母の再婚相手ロバート(リチャード・ディレイン)から虐待を受けた経験があり、母親ミシェル(サスキア・リーヴス)にも傷つけられた過去がある。更には学校で教師から性的虐待を受け、クラスメイトの殺人未遂を目撃してもいた。

 しかし、幾度かのセッションでアナは食事を摂るようになり、ジョンは彼女の問題を解決する足がかりが掴めたように感じていたが、そんな矢先、事件が起こる――アナの監視をしていた看護師のジュディス(インディラ・ヴァルマ)が転落し、大怪我を負ったのである。ロバートはアナが落とした、と断言するが、アナはそれが自分を施設に送り込みたい義父の計画だと訴える。

 ジョンはアナを救うため、事件を調べ始める。だが、その結果浮かび上がってきたのは、アナに関する様々な疑惑だった……。

[感想]

 ミステリ映画が好き、というひとなら、開始数分の語り口で「これは!」と身を乗り出したくなるはずだ。序盤から緊張と驚きのある描写が続き、次いで本篇独特の設定が語られる。そして物語の中心となる舞台は森の中の屋敷、その一室に幽閉された、聡明で可憐な少女にスポットが当てられる。古典的ミステリーの要素と現代的SFの設定とが組み合わさり、こうしたジャンルの愛好家ならば惹き寄せられずにはいられない。

 記憶や夢の中など、他人の意識、思考の深層に潜入して情報を探る、という趣向自体は決して目新しいものではないが、本篇の場合はそれが社会や法律の中でどう捉えられ、どのように扱われているか、という点をきっちり描いている。記憶が決して客観的なものではなく、当人の認識によりいくらでも改竄される可能性がある、という前提で扱われているのが着眼であり、新鮮だ。

 惜しまれる点として、謎の焦点がどこなのか、主人公・ジョンがいったいなにを事件として捉え、どうすることが解決になるのか、ということを明確にしていないので、観客がどこに注目していけば解りにくいことが挙げられる。しかし、そこを曖昧にしたままだ、というのに、ぼんやりとした違和感、何らかの詐術に嵌まっているのでは、という不安を観る側にもたらし、この先どうなるのか、と感じさせて牽引する手管の巧さも実感する。

 しかし、本当に唸らされるのは終盤の展開だ。ひとによって、“犯人”には早く感づくかも知れない。だが、この決着を予見出来るものは恐らくそう多くはない。

 終わってみれば、本篇が如何に繊細に伏線を張り巡らせてきたのか解るはずである。どこがどう、と触れてしまうと色々察知出来てしまうかも知れないので避けたいが、驚きは物語の背景以外のところにも仕掛けられている、とだけは申し添えておきたい。序盤のちょっとした描写が、この驚きを導き出しているあたり、こうしたサスペンスを面白くするのがなんなのか、非常によく理解していることが窺える。

 少し惜しく思えるのは、締めくくりである。ひとによっては恐らく、妥協のなかったこの物語で突然もたらされた“情け”が邪魔に感じられるはずだ。ただ、緻密な設定と、観客を魅せるために徹底して理知的に構築されたプロットにあって、ちりばめられていた人間性が何らかの決着を求めていた、とも捉えられ、その解釈で言えば必要な締めくくりでもあった。最後に闇が薄れ、余韻が弱まってしまった感も否めないが、本篇の作り手はあえてそれを選択したのだろう。

 もっと濃密で、観る者の心に爪痕を残すような作品にも出来たはずだが、しかし本篇は優れたミステリであり、魅力的なサスペンスであり、エンタテインメントであることを選択した。その徹底ぶりがあるからこそ、一貫性のある映像と乱れのない演出、マーク・ストロングやタイッサ・ファーミガらの厚みのある演技を導き出したのだろう。既に『エスター』『アンノウン』でその手腕を認められたジャウム・コレット=セラのサポートがあったとはいえ、新人である監督が撮ってしまったことにさえ驚きを感じる、切れ味鋭いミステリ映画である。

関連作品:

エスター』/『アンノウン

裏切りのサーカス』/『ゼロ・ダーク・サーティ』/『ゾディアック』/『RED/レッド リターンズ』/『テッセラクト』/『アルゴ』/『バニラ・スカイ』/『オール・ユー・ニード・イズ・キル

メメント』/『インセプション』/『ロスト・アイズ』/『夢遊 スリープウォーカー』/『レポゼッション・メン』/『MAD探偵 7人の容疑者』/『トータル・リコール

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