原題:“The Walk” / 原作:フィリップ・プティ『マン・オン・ワイヤー』(白揚社・刊) / 監督:ロバート・ゼメキス / 脚本:ロバート・ゼメキス、クリストファー・ブラウン / 製作:スティーヴ・スターキー、ロバート・ゼメキス、ジャック・ラプキー / 製作総指揮:シェリラン・マーティン、ジャッキー・ラヴィーン、ベン・ウェイスブレン / 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー,ASC / プロダクション・デザイナー:ナオミ・ショーハン / 編集:ジェレマイア・オドリスコル / 衣装:スティラット・ラーラーブ / 視覚効果スーパーヴァイザー:ケヴィン・ベイリー / キャスティング:ヴィクトリア・バロウズ、スコット・ボランド / 音楽:アラン・シルヴェストリ / 出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ベン・キングズレー、シャルロット・ル・ボン、ジェームズ・バッジ・デール、クレマン・シボニー、セザール・ドンボイ、ベネディクト・サミュエル、ベン・シュワルツ、スティーヴ・ヴァレンタイン / イメージムーヴァーズ製作 / 配給:Sony Pictures Entertainment
2015年アメリカ作品 / 上映時間:2時間3分 / 日本語字幕:石田泰子
2016年1月23日日本公開
公式サイト : http://www.thewalk-movie.jp/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2016/1/29)
[粗筋]
大道芸人フィリップ・プティ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)にとって、綱渡りこそが原点だった。幼少のとき、サーカスの綱渡りに憧れたフィリップは独学でコツを習得、その流れで一輪車やジャグリングの才能にも開眼する。
やがてフィリップは、“世界一の綱渡り一座”と呼ばれるサーカス団“白い悪魔たち”の団長パパ・ルディ(ベン・キングズレー)のもとに弟子入りする。フィリップの才能はパパ・ルディも認めるところだったが、フィリップは観客に対する姿勢までも叩きこもうとする師に反発して、彼のもとを飛び出した。
フィリップはパリに移住し、大道芸人として生計を立てるようになった。無許可で営業し、警官としばしば追いかけっこをする日々を満喫しながら、彼は常に、ロープを渡して歩ける場所を探していた。
天啓は突然、降りてきた。歯痛で歯医者に駆け込んだフィリップは、待合室に置かれていた雑誌の記事に目を奪われる。そこには、当時工事中で、世界最高となる高さに到達する予定であるワールド・トレード・センターが紹介されていた。同じ高さのツインタワーの頂上を1本のワイヤーで繋ぎ、渡っていく――その光景を想像して、フィリップは恍惚とする。
夢を抱いたフィリップは、路上で歌っていたアニー(シャルロット・ル・ボン)の紹介で美術学校の庭が借りられることとなり、そこで改めて綱渡りの特訓を始めた。技術は順調に向上しているかに思われたが、練習中にロープが支柱から外れる事故が起き、ワイヤーを固定するためのノウハウが必要であることを痛感する。
やむなくフィリップはパパ・ルディに頭を下げ、ワイヤーを扱う上での心得について教えを請うた。パパ・ルディは弟子入りを認めない代わりに、1つ教えを与えるたびに、大道芸で稼いだ金を寄越すように命じる。フィリップはこれに唯々諾々と従い、一座の公演に同行しながら舞台には立たず、ひたすらに綱渡りの技術を吸収し続けた……。
[感想]
この物語は既に、フィリップ・プティ自身や関係者に対するインタビューをもとに構成されたドキュメンタリー『マン・オン・ワイヤー』というかたちで、いちど映画となっている。当事者の証言に基づくこの映画は、ドキュメンタリーながらスリリングで見応えがあったが、肝心の綱渡りの再現映像がなかった点だけが惜しまれた――動画で記録していた人などいなかったであろうし、再現しようにもそこまでの技術、予算は恐らく製作者にはなかっただろうし、そもそも舞台となったワールド・トレード・センター自体が2001年に崩壊している。
本篇はさながら、その不足分を補うかのような作品だ。まさにあの“大舞台”におけるパフォーマンスまでの一部始終を、映像技術の粋を注いで再現している。
再現する上で、本篇はあまり余計な要素を足していない。フィリップ・プティが自らの言葉で回想する、というシチュエーションを選択しているので、その語りの舞台がちょっと変わっているものの、あとはほぼ再現映像、という趣だ。そういう意味ではひねりのない作品、とも言える。
しかし、その描写のそこここに、変わり者の反逆児だったプティの素顔が垣間見えている点には注目しておくべきだろう。憧れに憧れて弟子入りしたのに、感情的ないざこざからすぐに師のもとを飛び出してしまうところや、大道芸人として大きな成功を収めた段階でもないのに、ワールド・トレード・センターが完成間近であることを知るや、即座に渡米を決め準備に臨む行動力。そして実行目前に見せる狂気の閃きなど、確かにこれほど大胆で無謀な挑戦を考える人物らしい素顔が窺える。恐らく、もっと理性的な人物ならば、より慎重に準備を進めていただろうし、完成後にパフォーマンスする道を選択したかも知れない。シンプルながら、この冒険に至った人物像の源はきちんと抽出しているのだ。
また、これはドキュメンタリー版でも同様だったが、WTC潜入の計画を練るくだりと潜入の一部始終は、それ自体がスリリングで見応えがある。思わぬ妨害を如何にして排除するか、不意に訪れたピンチを如何にしのぐか。協力者に高所恐怖症の者がいたり、興奮状態であるが故に周りの目を一切顧慮しない大胆な策を取ったり、というくだりにささやかなユーモアを滲ませて、ほどほどに緩和も織り込む呼吸も巧みだ。
なによりも本篇は、『マン・オン・ワイヤー』において、誰もがいちばん欲しがった映像、フィリップ・プティがWTCの2つのタワーに渡したワイヤーの上を歩くシーンを、たっぷりと見せていることが白眉だ。
しつこいようだが、WTCはもうこの世には存在していない。現地にワイヤーを引いて本物で再現する暴挙は言わずもがな、ドローンなどを用いて空撮を行い、あとから合成を施す、という手法ももう出来ないのだ。その光景を再現するためには、CGを中心とした高度な視覚効果の技術が求められる。
既にハリウッドではかなり多くのスタジオがこの技術を獲得しているが、恐らく視覚効果を作中で活かす術を最も知っている監督のひとりが本篇のロバート・ゼメキスであることは間違いないだろう。『ポーラー・エクスプレス』など数作でフルCGのファンタジー作品を発表して充分に技術を磨いたあと、久しぶりに実写に復帰した『フライト』は、CGの発展が辿り着くべき境地を見事にかたちにしてみせた。
本篇でも、その手腕は遺憾なく発揮されている。WTCの目もくらむような高さ、当時は突出して高かった屋上からの光景を、作り物っぽさを感じさせずに描き出している。
また、この作品では3D上映も採用しているが、これもうまい取り合わせだ。初期の3Dは物体が突出してくる感覚を再現し、近年は奥行きでその効果を活かしていたが、高さの表現で活かしているのはまだまだ珍しい。2Dでも高さは感じられるが、3Dで表現される高さはまるで違う。屋上の縁から街を見下ろす主人公の背中を飛び越えるようにして眼下を覗きこむカメラワークは、あの吸い込まれそうな恐怖を思い出させる。そして、いよいよワイヤーの上を歩き始めてからの緊張感と、名状しがたいような昂揚感が素晴らしい。ここで描かれる一連の行動は、実際にプティが行ったものをなぞっているらしいのだが、ナレーションも併せて、その瞬間ごとの彼の感情を疑似体験させるかのようだ。とりわけ、ワイヤーの上に横たわった瞬間の感覚は凄まじい――あくまで映像なので、落ちない、と解っているからこそ得られる、恐怖と紙一重の恍惚感。2Dでもそれは味わえると思うが、3D、それも可能ならIMAXで鑑賞してこそ醍醐味が堪能できるはずだ。
物語の頂点たる“綱渡り”のシーンのこのクオリティこそが本懐であろうが、しかし本篇にはもうひとつ、フィリップ・プティとともに物語の主人公となっている感のある、ワールド・トレード・センターに対する深い敬愛を籠めた作品である、という捉え方があるように思う。
建築中は決して好意的に捉えられていなかったタワーに、誰よりも早く魅惑され、いわば“共演者”に選択したフィリップ・プティが示す経緯は、その前のパパ・ルディとのやり取りを背景にしているが、しかしその心境に至ることが理解できる。あのシーンを、偶然居合わせた“観客”たちがはっきりと視認できなかったとしても、その誠実さが多くの人に伝わったからこそ、タワーは愛される存在に変わったのだろう。そんなフィリップの姿を丁寧に反復したことが、映画として接する者にもタワーに対する愛着を感じさせる。そして、いまタワーがあの場所に存在しないことに、哀惜の念を抱くのだ。
多くの人が知っている(と言っても、もう14年も前のことなので、そろそろよく知らない層も現れているころだろうが)その“結末”を描かなかったことも、敬意の表れと考えられる。たとえ実体は失われてしまったとしても、記憶をしっかりと刻むかのように、本篇の中でタワーは聳えたままなのだ。
3D技術を有効に用いた意欲作にして、ある人物が挑んだ純然たる冒険を追体験させる秀作にして、失われたものへの優しい鎮魂歌。多くの人々が籠めた想いが、観終わった者の胸にも溢れてきそうな作品である。
関連作品:
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』/『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』/『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』/『フォレスト・ガンプ/一期一会』/『ベオウルフ/呪われし勇者』/『フライト』
『50/50 フィフティ・フィフティ』/『LOOPER/ルーパー』/『リンカーン』/『ヒューゴの不思議な発明』/『アイアンマン3』/『ムード・インディゴ 〜うたかたの日々〜』/『赤ずきんの森』
『25時』/『ワールド・トレード・センター』
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