原題:“Vertigo” / 原作:ボアロー&ナルスジャック / 監督&製作:アルフレッド・ヒッチコック / 脚本:アレック・コッペル、サム・テイラー / 撮影監督:ロバート・バークス / 美術:ハル・ペレイラ、ヘンリー・バムステッド / 編集:ジョージ・トマシーニ / 衣装:イーディス・ヘッド / 題字:ソウル・バス / 音楽:バーナード・ハーマン / 出演:ジェームズ・スチュワート、キム・ノヴァク、バーバラ・ベル・ゲデス、トム・ヘルモア、ヘンリー・ジョーンズ / 配給:パラマウント / 映像ソフト発売元:NBC Universal Pictures Japan
1958年アメリカ作品 / 上映時間:2時間8分 / 日本語字幕:?
1958年10月26日日本公開
午前十時の映画祭7(2016/04/02〜2017/03/24開催)上映作品
2013年9月4日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
DVD Videoにて初見(2015/09/02)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2016/12/12)
[粗筋]
敏腕刑事であったジョン・“スコティ”・ファーガソン(ジェームズ・スチュワート)は、捜査中に屋根の上から滑り落ち、一緒に行動していた同僚が彼を助けようとして転落死する、という不幸な事故がきっかけで、重度の高所恐怖症を患った。生活に不自由しないだけの蓄えがあるのを幸い、ジョンは辞職する。
暇を持て余していた彼に、学生時代からの友人エルスター(トム・ヘルモア)は奇妙な頼み事をしてきた。彼の妻マデリン(キム・ノヴァク)を尾行して欲しい、というのである。
浮気調査は専門ではない、と拒絶しようとしたジョンだったが、エルスターの語った事情は、浮気を疑うものではなかった。マデリンが普通にエルスターと一緒に出かけたあと、しばらく行方をくらますのだという。本人は、ずっとひとところでくつろいでいた、というのだが、彼女が乗っていた車のメーターは90マイル以上も走ったことを示している。そしてマデリンは夜ごと、奇妙なうわごとをこぼしている。いったいマデリンが何をしているのか、追跡して探って欲しい、というのだ。
エルスターの言うとおり、マデリンの行動は奇妙だった。裏口から花屋を訪れて供花を買い、はるか前に没した女性の墓に捧げる。それから、美術館に赴き、1枚の絵をいつまでも見つめるのだった。描かれている女性は、マデリンにとてもよく似ていた。
ジョンは、マデリンが見舞った墓に刻まれた名前と、マデリンが見つめていた絵に描かれていた女性が同一人物であることに気づく。友人ミッジ(バーバラ・ベル・ゲデス)の紹介で、サンフランシスコの細かな出来事に通じる古書店の主に接触して訊ねると、その女性――カルロッタは裕福だった恋人に子供を奪われ、失意のうちに自ら死を選んだ悲劇の主人公であった。
エルスターはカルロッタのことを知っていた。実は彼女こそ、マデリンの曾祖母にあたる人物なのだという。エルスターはマデリンが、カルロッタの亡霊に取り憑かれ、自らも死を選んでしまうことを恐れている、というのだ。
最悪の事態を避けるために警戒して欲しい、と請われ、ジョンはマデリンの追跡を続ける。そして、そのジョンの目の前で、マデリンは本当に海へと身を投げたのだった――
[感想]
ヒッチコック監督の生み出した作品はいまやほとんどがスタンダードとして定着している。“サスペンスの名手”と目されれば途端に“次代のヒッチコック”などという肩書きがつくほど、サスペンス=ヒッチコック、というのが映画の世界では定着しているわけだ。
本篇を観ると、そのことが改めて頷ける。この作品には、サスペンスの基礎が詰まっているのに、いま観てもまだその緊張感や興奮が味わえるのだ。
序盤のモチーフはほぼ定番と言っていい。高所恐怖症、という題材は、本篇があまりに綺麗に形にしてしまったがゆえか、その後あまりお目にかからなくなってしまったが、悩みやトラブルを抱えた主人公が巻き込まれる奇妙な出来事、許されない感情、といった要素の繋ぎ方はまさにサスペンスの王道だ。
しかも、これだけ定番の要素を連ねながら、本篇はクライマックスでその後の展開が読めない。予感を抱かせながらも、どう転がるか解らない空気を終盤まで持続する。言うのは簡単だが、これが出来ている作品はいまでもそう多くはないのだ。とりわけ本篇は、終わってから振り返れば、これしかない、というところに辿り着いているのに、観る側の意識を巧みにその核心から逸らしている。
また本篇は、主役を演じているジェームズ・スチュワートの、どこか飄々とした佇まいも効果を上げている。冒頭、刑事としての職務のさなかに同僚を死なせてしまい、それ故に高所恐怖症に陥る、というトラウマを抱えながらも、その後の言動にあまり深刻さは見えない。どこかとぼけた風貌もその印象を強めているが、しかし物語が進むにつれ、次第に表情が切羽詰まっていく。序盤での雰囲気や振る舞いが飄々としているからこそ、その変化がより強調されている。演技の匙加減が巧みだ。
一説にはヒッチコックには不満だったというキム・ノヴァクによるヒロインの姿も、物語の全体像を通して見ると、かなりの効果を上げている。未見の方のために詳しくは言えないが、監督が不満を抱いていることを女優自身も自覚していたことが、恐らく物語の中での位置づけにうまく噛み合ったのだろう。その点が監督自身にとって望ましくないことであり、監督自らの評価が低くても、結果的にそれが本篇の質を高めていたことは、完成された作品そのものと、後年の評価が証明している。
いまなら普通にロケで撮りそうな場面をわざわざセットに合成しているのが今となっては奇妙に思えるが、いまやサスペンス以外のジャンルでも多用される独特なカメラワークを筆頭に、映像としてのアイディアや質も高い。古い作品だから、と軽んじることの出来ない、いまなお現役の力強さを備えた傑作である。
関連作品:
『レベッカ』/『裏窓』/『北北西に進路を取れ』/『サイコ』/『鳥』
『素晴らしき哉、人生!』/『グレン・ミラー物語』/『ザッツ・エンタテインメント』/『明日に向って撃て!』
『羊たちの沈黙』/『エスター』/『鑑定士と顔のない依頼人』/『ゴーン・ガール』
『マッチスティック・メン』/『ザ・マジックアワー』/『ドラゴン・コップス -微笑捜査線-』/『ザ・ウォーク』
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