監督:小津安二郎 / 脚本:野田高梧、小津安二郎 / 企画:山内静夫 / 撮影:厚田雄春 / 美術:浜田辰雄 / 照明:青松明 / 編集:浜村義康 / 装飾:高橋利男 / 衣装:長島勇治 / 音楽:斎藤高順 / 出演:原節子、有馬稲子、笠智衆、山田五十鈴、高橋貞二、田浦正巳、杉村春子、山村聡、信欣三、藤原釜足、中村伸郎、宮口精二、須賀不二夫、浦辺粂子、三好栄子 / 松竹大船撮影所製作 / 配給:松竹
1957年日本作品 / 上映時間:2時間20分
1957年4月30日日本公開
2018年7月4日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
『生誕115年記念 映画監督 小津安二郎 「をんな」たちのいる情景』 (2018/4/21〜5/4開催)にて上映
[粗筋]
杉山周吉(笠智衆)の長女、孝子(原節子)が嫁ぎ先から、まだ幼い娘を連れて実家に戻ってきた。日増しに偏屈になっていく夫の沼田康雄(信欣三)と諍いが絶えず、いちど距離を置くことにしたのである。
妻に去られた経験のある周吉は、夫婦仲の難しさは承知していたので、孝子に無理を強いることはしなかった。だがそんななか、周吉の妹である重子(杉村春子)から妙な話を聞かされる。先日、重子のもとを周吉の次女・明子(有馬稲子)が訪ねてきて、借金を頼んだ、というのである。理由を訊くと撤回して帰っていったそうだが、周吉は不安を覚える。
短大卒業後、速記学校に通うようになった明子は、バーに勤める川口登(高橋貞二)らのような遊び慣れた人間と親しくなり、勉強もそっちのけで遊び歩くようになっていた。金の工面に頭を悩ませる傍ら、明子は遊び仲間のひとりである木村憲二(田浦正巳)とどうにか連絡を取ろうと、方々を捜し回っている。
明子がどんな理由で夜の街を徘徊しているのかも知らず、重子は彼女に縁談を持ちかけようと画策を始める。だが、そんな明子に関心を持つものが、他にもあるのだった……。
[感想]
私が観る小津作品はこれで4本目である。寡作とは言え生涯に亘って撮り続けた小津監督のフィルモグラフィの僅か一部でしかないはずだが、それでも見覚えのある構図が随所に登場することに驚き、色々と納得するものを感じた。
小道具の一つも疎かにしない監督の画面作りは、作品に跨がって見覚えのある構図を生んでしまう一方で、監督の揺るぎのない美的感覚、完璧主義を窺わせる。そして、構図を固くすることで、そのなかでの芝居、小道具の扱いが表現する感情を緻密にコントロールしている。似たような構図は『東京物語』『秋刀魚の味』にもしばしば登場するが、齎す情感が異なるのは、そうした効果を充分に把握しているからこそだろう。
登場する俳優も似たような面々が集まり、何なら出てくる役柄さえも近しい印象がある小津作品だが、当然ながら描かれる物語には違いがある。しかしそんな中でも、本篇は全篇を貫くトーンの暗さ、救いのない展開は際立っている。
私の観た範囲での話だが、小津作品に登場する人物は、おおむね“善良”と言える人柄であることがほとんどだった。婚姻についての考え方はいかにも旧弊だが、当時としてはそれが自然であり、そのなかでの振る舞いとしてはおおむね善意に基づいている。しかし本篇は、全体にこの善意が乏しい。
純粋に、ひとりで育てた娘の行く先を案じている周吉や、終盤のある出来事に際して直接関係がないのに善意で振る舞うラーメン店主のように善良な人物もいるが、無神経に自分の体験をペラペラと口にする重子、恋人が苦しんでいるというのに自分のことしか考えていない憲二あたりは、どうにも肯定しがたい。
彼らに限らず、本篇は人々の行動のそこかしこに独善的、利己的な振る舞いがちらつく。1個1個はそう目くじらを立てるまでもない、誰にもあるような独りよがりであったり、自分可愛さ故の自然な行動なのだが、それが入り乱れ、絡まり合って、痛ましい結末へと向かっていく。そうやって辿り着いたラストシーンは、まるでそれまでの出来事など無かった、とでも言いたげな日常へと回帰していくが、しかしそこに至るまでの経緯を知る観客の眼には、あまりにも物悲しく映るはずである。その隙のなさはいっそ悪魔的と言いたくなるほどだが、それは同時に、物語が緻密に組み立てられている証左だ。
確かに本篇のトーンは暗い。私の観た範囲では、小津作品はそもそも安易なハッピーエンドを迎えるものはないのだが、本篇は圧倒的に辛い。ただ、そのぶんだけ徹底して抑制された表現、あまりにも隙のない構図が強烈に効いている。そこだけ切り取れば、物語が始まる以前の日常の光景とも映るエピローグは、こうした透徹した美的感覚があればこそ、静かな中に悲劇性が際立つ。虚しくも豊饒な余韻を残すに至っているのだ。
観ていてどうしてもいい気持ちはしないので、安易にお薦めはしづらい。発表当時、小津作品としてはやや評価が低かったのも頷けるところだ。しかし、小津安二郎監督が突き詰めた表現と、それが形作る情感の、ひとつの極みに達した傑作である、と思う。
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