原題:“Frost/Nixon” / 監督:ロン・ハワード / 原作戯曲・脚本:ピーター・モーガン / 製作:ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー / 製作総指揮:ピーター・モーガン、マシュー・バイアム・ショウ、デブラ・ヘイワード、ライザ・チェイシン、カレン・ケーら・シャーウッド、デヴィッド・ベルナルディ、トッド・ハロウェル / 撮影監督:サルヴァトーレ・トチノ / プロダクション・デザイナー:マイケル・コレンブリス / 編集:マイク・ヒル、ダン・ハンリー / 音楽:ハンス・ジマー / 出演:フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケヴィン・ベーコン、レベッカ・ホール、トビー・ジョーンズ、マシュー・マクファディン、オリヴァー・プラット、サム・ロックウェル、ケイト・ジェニングス・グラント、アンディ・ミルダー、パティ・マコーマック / ワーキング・タイトル/ブライアン・グレイザー製作 / 配給:東宝東和
2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間2分 / 日本語字幕:松岡葉子
2009年3月28日日本公開
公式サイト : http://www.frost-nixon.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2009/03/28)
[粗筋]
1974年8月8日、アメリカの歴史上、前代未聞の出来事が起こった。大統領が任期中に、その座を退いたのである。渦中の人物リチャード・M・ニクソン(フランク・ランジェラ)が大統領として行った最後の会見を、遙か遠いオーストラリアの地でテレビ越しに見ていたデヴィッド・フロスト(マイケル・シーン)の頭の中に、その時、ある計画が形作られた。
フロストはイギリスで活躍していたコメディアンだったが、のちにバラエティ番組の司会としてアメリカに進出した経験を持っている。しかし視聴率の低迷により居場所を失い、オーストラリアで著名人相手にインタビューを行う番組を獲得したが、依然としてアメリカに舞い戻る意思を持っていた。
彼が目をつけたのは、ニクソンに対する世間の注目度の高さである。辞任会見は全世界で四億人が目撃し、辞任後も自らを追い込んだ疑惑――ウォーターゲート事件について公式に謝罪をしていないニクソンに対する関心は、なかなか衰える気配を見せなかった。これこそ挽回の好機と判断したフロストは、ロンドンのプロデューサー、ジョン・バート(マシュー・マクファディン)の協力を仰いで、ニクソンへのインタビューの契約を取り付ける。
実に会見から数ヶ月後、フロストは初めてニクソンと面会する機会を得たが、およそ表舞台を逐われた人物とは思えぬほど意気揚々としたニクソンに対し、フロストの気勢は上がらなかった。何故なら、バラエティ番組の司会者でしかない彼によるインタビューに、テレビ局が関心を示さなかったのである。三大ネットワークは放送に難色を示し、ニクソンから要求された60万ドルという法外な出演料の手付け金を、フロストは自らの資金から提供せねばならなかった。
放送局との契約が締結できなかったフロストは、最終的に自ら番組を制作し、放送権を売る方法でインタビューを実現に移す。放送業界で働くジャーナリストのボブ・ゼルニック(オリヴァー・プラット)と、ニクソンの職権濫用を糾弾する著作を4冊も発表したノンフィクション作家のジェームズ・レストン・Jr.(サム・ロックウェル)をブレーンとして招き、ミーティングを重ねてその時に備えた。
辞任会見から2年半を経た1977年3月23日、共和党を支持するスミス夫妻の所有する邸宅を借り、都合4回にまたがるロング・インタビューが幕を開ける。のちに歴史に名を刻んだこの番組の収録は、フロストの不意打ちと、ニクソンの華麗な切り返しによって、のっけから激闘の様相を見せた――
[感想]
奇しくも日本では同じ日に公開となった『ウォッチメン』は、ヒーローたちが実在するパラレル・ワールドのアメリカを舞台として描かれているが、現実との違いを克明にする手法として、ニクソン大統領がウォーターゲート事件によって政権を逐われることなく、第4期に達している、という設定を用いている。ニクソン大統領の存在が如何にアメリカの歴史に大きな影響を及ぼしたのかを示す、いい例と言えるだろう。
本篇は辞任後もなかなか罪を認めようとしなかったニクソン大統領が久々に表舞台に現れた実際のインタビューを題材に、意識的にフィクションを織り交ぜて映画化したものであるという。
ただ、これが現実であるか否かはあまり拘る必要はないだろう。その点を抜きにしても本篇は、ただの会話劇とは思えないほどスリリングに構築されており、極論すればウォーターゲート事件の経緯をまったく知らなくとも堪能できるはずだ。
作中でニクソンがフロストを挑発するかのように、これはまさしく決闘なのである。冒頭で条件が整えられると、双方で戦いの準備を始める。このとき、ニクソンにはジャック・ブレナン(ケヴィン・ベーコン)という側近がおり、フロスト側にもジェームズ・レストン・Jr.らがブレーンとして着任する。ニクソンの真似が得意だ、と言うボブ・ゼルニックを相手にしたシミュレーションが行われ、本番ではテープチェンジに、次のインタビューまでのインターヴァルにおいて作戦会議のようなひと幕まで設けられており、そこでのブレナンやレストン・Jr.の言動はほとんどボクシングのセコンドだ。双方ともに切羽詰まった状況であるだけに、余計に物語は異様な緊迫感に満ち、およそ会話劇とは思えないスリルが持続する。
そして何よりも見事なのが、メインとなる二人を演じた俳優たちだ。もともと本篇は戯曲として執筆され、主演の二人は同じ役柄で舞台を踏み、2年も上演を続けていたというから、既にこれ以上ないほど完璧な下地を作っているわけで、名演だったのも頷ける。
インタビュアーであるデヴィッド・フロストを演じたマイケル・シーンは、近年特に活躍の著しいイギリス人俳優であるが、咄嗟に顔を思い出せる人は少ないのではなかろうか。それもそのはずで、最近の出演作を並べただけでも、同じピーター・モーガン脚本による『クイーン』でのブレア首相役から『アンダーワールド:ビギンズ』での人狼族の始祖役に至るまで異様に幅が広く、そのたび完璧に演じ分けているので、他の作品のイメージを引きずらないのである。本篇においても明るく軽薄で魅力的、しかしその実非常に計算高く野心的なインタビュアーを堂々と体現している。
対するリチャード・M・ニクソン大統領を演じたフランク・ランジェラは更に凄い。実際のニクソンと容姿においてあまり共通点はないのだが、それを意識させず、本当に大統領という重職を経てきた稀代の策士としての貫禄を見せつける。同時に、決して単なる犯罪者ではなく、有能な政治家でもあり、戦う相手であるフロストに得意になって宣戦布告をしたりといった茶目っ気を示す善人でもある、複雑な人間性を巧みに築きあげている。特にクライマックス、それまでの余裕綽々とした表情が一気に崩れる様は圧巻だ。
メインは一対一のインタビューであること、ごく限られたロケーションを用いて撮影しているせいもあって、映像的な見せ場は乏しいのだが、全篇に漲る緊迫感と卓越した人物描写、会話中心ながらスピード感の衰えない演出によって、充分に見応えのある作品に仕上がっている。ウォーターゲート事件を知っていても知らなくとも、また現実であるかフィクションであるかにも関わりなく、一見の価値のある傑作だ。
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