原題:“Elegy” / 原作:フィリップ・ロス『ダイング・アニマル』(集英社・刊) / 監督:イサベル・コイシェ / 脚本:ニコラス・メイヤー / 製作:トム・ローゼンバーグ、ゲイリー・ルチェッシ、アンドレ・ラマル / 製作総指揮:リチャード・ライト、エリック・リード、テリー・A・マッケイ、ジャド・マルキン / 撮影監督:ジャン=クロード・ラリュー / プロダクション・デザイナー:クロード・パレ / 編集:エイミー・ダドルストン / 衣装:カティア・スタノ / 出演:ペネロペ・クルス、ベン・キングスレー、パトリシア・クラークソン、デニス・ホッパー、ピーター・サースガード、デボラ・ハリー / レイクショア・エンタテインメント製作 / 配給:MOVIE-EYE
2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間52分 / 日本語字幕:松浦美奈
2009年01月24日日本公開
公式サイト : http://elegy-movie.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/01/26)
[粗筋]
大学教授のデヴィッド・ケペシュ(ベン・キングスレー)は若い頃、ただいちどの結婚を“人生最大の過ち”と信じてやまず、以来独身を貫き、快楽のみに重きを置いた自由恋愛に徹していた。20年あまりにわたって関係を続けているキャロライン(パトリシア・クラークソン)という女もいるが、身体のみでプライベートには決して深入りしていない。
ある日、デヴィッドは自らの講義に姿を現した女生徒――コンスエラ・カスティーリョ(ペネロペ・クルス)に目を奪われた。美貌に品性を備えた彼女を切実に欲しい、と感じたデヴィッドは果敢にアプローチを試み、それは程なく成就する。
デヴィッドの古い友人である詩人ジョージ・オハーン(デニス・ホッパー)は、老いた男の身体に好奇心を示しただけだと言い、デヴィッドも割り切った付き合いをするつもりでいたが、その虚勢は次第に崩れていく。あまりに直線的に想いを表現するコンスエラを、デヴィッドは本気で愛するようになっていったのだ。
経験豊富で女との接し方も充分わきまえていたつもりだったデヴィッドは、だがしかし、コンスエラに対して抱いた感情に振り回されるようになる。ついには、弟とダンスに行く、と言って別れていった彼女を追って、初老の男には不似合いの店に踏み入る、という無分別な行動に及んでしまった。まるで、恋に不慣れな十代の少年のように。
ジョージはこれで相手も愛想を尽かすだろう、自然な成り行きだ、と慰め、デヴィッドも諦めの境地でいたが、案に相違して、それから2日後にコンスエラはデヴィッドに連絡を取ってきた。グラスを酌み交わしながらコンスエラは、デヴィッドに問いかける。
「あなたは、私と一緒の未来を、想像したことがある……?」
[感想]
文芸評論を手懸ける主人公デヴィッド・ケペシュは作中、学生達にこんなことを語っている。同じ本が読む人によって、十年二十年を経て違う内容に捉えられることがあるか? 勿論だ、と。
映画も然りだ。本篇は特にその解釈、評価に差がつくだろう。
年齢を経てから鑑賞すれば、主人公デヴィッドの抱くほのかな不安や恐怖心に共鳴せずにはいられないはずだ。男としての欲望を滾らせているが、既に先がそう長くないことも悟っている状況で、年若い女と深い関係を築くには相当の勇気が要る。女性遍歴を幾ら重ねたところで、本気で向き合わずに刹那的な快楽ばかりを追ってきたデヴィッドの姿を見れば、たとえ観ているこちらとまるで境遇が違えど理解は及ぶ。
他方で、終始デヴィッドの視座からのみ綴られるコンスエラの言動に、共感する女性も多いのではないか。敬意を抱く男に生活を変えることは突きつけられなくとも、せめて向き合って欲しいと願う。意思を明確にしない状況で独占欲を示した際にではなく、別のタイミングで意を決した彼女の想いは、シンプルに伝わってくる。
台詞や表情を、充分に間を設けて描いた本篇は、はっきり言ってしまえばとても地味だ。ニューヨークの華やかな街並、それぞれに地位とセンスを備えた人柄を反映して洗練されたファッションに身を包み、映像として美しい場面に事欠かない一方で、大きな動きに乏しく事件の少ない本篇はやはり衝撃に乏しい。それだけに、ムードは感じるけどピンと来ない、という人も多かろう。
だがそれ故に、一つ一つの出来事をじっくりと味わうことができる。パーティーの席の傍らでデヴィッドがコンスエラを口説いているときの居たたまれない感じであったり、初めて彼女に対して嫉妬めいた質問を投げかけてしまうときの表情、追い詰められたときの繊細な言葉のやり取りなどなど、老境に達した男の戸惑いと若い女のひたむきさ、両者が影響し合って想いを深め懊悩する姿が丁寧に描かれており、実に赴きに富んでいるのだ。
予告編などでは結末にさもサプライズがあるかのように謳っているが、率直に言ってあれはサプライズとは言いがたい。描写からまず推測のつく展開であるし、逆に結末は少し拍子抜けする向きもあるだろう。だが、当初デヴィッドが自信満々に語っていた彼の持論とラストにおける言動を較べ、その変化の大きさと、行動に籠めた想いの深さに理解が及ぶと、途端にあの結末はとても重く、けれど快いものに変わる。
そういう風に捉えるためには、いちどひとりで物語に向き合わねばならないだろう。そうして繰り返し噛みしめたあと、初めて我が身を省みて考えることが出来る。洗練された語り口による、本当の意味で“大人のラヴ・ストーリー”と呼ぶに相応しい1本である――そのくせ、考えれば考えるほど、デート・ムービーにはまるで向かない類なのだから、けっこう厄介だ。
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