『百鬼譚の夜』
判型:四六判ハード 版元:出版芸術社 発行:1997年7月25日 isbn:4882931419 本体価格:1500円 |
|
本邦唯一の怪奇小説家・倉阪鬼一郎の、現在に至る快進撃の発端となった再デビュー作。角川ホラー大賞短編部門にて最終候補に残った『赤い羽根の記憶』を含めた四本の短編を改稿・再構成してひとつの長篇としている。以下、各編のあらましと簡単な所感をば。
赤い羽根の記憶 贔屓の飲み屋で怪奇小説談義をしていた「私」と黒川は、そこで神経科医・奥と出会った。なりゆきから「私」は奥からある患者の手記を譲り受ける。それは、赤い羽根に病的な恐怖を覚える男の、いわば闘病記であった。奥の診察から恐怖の根源が幼児体験にあることを知った男は、捨てた故郷に帰り、自らの過去を掘り起こしていく。中絶したその手記には、おぞましい真実が秘められていた。 神経症患者に謎の手記とお定まりのパターンを踏襲しているが、淡々としかし真に迫った語り口でじわじわと読み手を呑み込んでいく。本当に顕現させたかったであろう恐怖をラストの僅か一行に凝縮しているが、あまりにさらっと叙しているためすぐに衝撃が襲ってこない。それを難とするかは読者の資質次第だろう。 底無し沼 埋もれたまま夭折した大正時代の作家・妻沼宗吉の小説『底無し沼』を入手した黒川は、夜毎に現れる霊に悩まされていた。「私」は黒川に旧友で国文学者の城田を引き合わせるが、その待ち合わせの最中に『底無し沼』を瞥見したことで、妻沼の霊に苛まれる羽目になる。一方、黒川から『底無し沼』を買い上げた城田は、妻沼宗吉の郷里を訪ねに行ったまま行方を眩ましてしまう。 夭折・不遇の作家に稀覯本といったガジェットの採用は『赤い羽根〜』同様だが、呪いの発現に捻りがあり、独特の味わいがある。中盤以降の展開がちょっと解りやすいような気はするが、寧ろそうあるべき処へ向かった、と評価するべきか。 黒い家 「私」と黒川の文芸サークル仲間であった天才詩人・風間俊一が『黒い家』という一編の詩を遺して失踪した。生前の日記などから風間の痕跡を辿っていった黒川は、風間の詩を彷彿とさせる黒い家――かつて陰惨な出来事があって以来放置されたままの屋敷を発見する。黒川とともに現地を訪れた「私」は、そこから異界に足を踏み入れてしまった。 本書中ベストの出来ではないだろうか。例によってガジェットの積み重ねだが、気付かぬうちに幽冥との境を乗り越え、人智の及ばぬ世界に踏み込んでいる辺りの筆捌きが絶妙。 百鬼譚の夜 兼ねてから懸案となっていた百物語が、いつもの飲み屋で開催される。怪奇俳句が披露され、各々が怪異談を持ち寄る会は、「私」が夢想だにしなかった結末を迎える―― 実の処結末だけは予測がついた――というより、あとに続く長篇『赤い額縁』は本編のネタバレになってしまっている。そこで恐怖を演出するのではなく、彼我の境を取り払ってしまうのが目的なのだろうが、些かの物足りなさは禁じ得なかった。寧ろ買いたいのは作中で語られる百物語の数々である。それぞれ単品でも充分に妖しい世界を堪能できる。 単品としては『黒い家』がベストだろう。「怖さ」の演出が一番効いている。全体としてはパーツの継ぎ接ぎがややあからさまで、純粋な長篇としては満足のいく出来とは言えない。著者があとがきで冗談めかして言及したように、本書の価値はこれによって倉阪氏が長篇に対する方法論を見出したことにあるように思う。長篇としては習作程度に、本書はあくまで「連作短編集」として読んだ方が素直に楽しめるのではないか。長編作家・倉阪鬼一郎の本領は『赤い額縁』の方で御覧になって戴きたい。――あくまでも私見だが。 |
コメント