冷血

冷血 『冷血』

トルーマン・カポーティ/佐々田雅子[訳]

Truman Capote“In Cold Blood”/translated by Masako Sasada

判型:文庫判

レーベル:新潮文庫

版元:新潮社

発行:平成18年7月1日

isbn:4102095063

本体価格:895円

商品ページ:[bk1amazon]

 1959年11月、アメリカ、カンザス州の片田舎にあるホルカムで、一家四人が惨殺される事件が発生した。ロープで縛られた上、至近距離から散弾銃で撃ち殺されるという凄惨な状況に、一帯は騒然となる。親しい者同士が疑心暗鬼で互いを眺めるようになるなか、逮捕されたのはリチャード・ユージーン・ヒコックとペリー・エドワード・スミスという、土地とも一家とも直接ゆかりのない男ふたりであった。著者が5年に亘り綿密なリサーチを行い、膨大な資料に基づいて被害者、犯人、そして周辺の人々の心理に至るまでを克明に再現するという手法を取った、ノンフィクション・ノヴェル。

 圧巻、の一言に尽きる。本当にその場に居合わせ、魔法の鏡か何かで当事者の心境をつぶさに確認しながら執筆したかのように見える生々しさ、臨場感、リアリティ。密度の高さ故に、集中して読まないと前後関係を見失うし、逆に把握しきれないために迂遠さを痛感してしまうが、意図してまとめて読むようにすれば、その精緻さがはっきりと伝わるはずだ。

 犯罪を追いながら、しかし一般的な犯罪小説とも、推理小説とも趣は異なる。動機を解明しようなどとは考えていないし、まして謎解きの趣向などは一切ない。事件が解決することで訪れるカタルシスもなく、逮捕、裁判、処刑に至る過程は粛々と進められていく。当事者でさえ、処刑の場に立ち会いながら達成感を得られていないことを述懐するほどだ。

 穿った見方をすれば、大きな戦争を境に変化の訪れを見たアメリカ社会の、幾つもの価値観がせめぎ合った結果の事件であり、悲劇であり、悪夢であった出来事を、もっとも正しい姿で再現した作品と言えよう。被害者となったクラッター一家は、およそ理想的と言ってもいい、アメリカ地方社会の名士であった。それが、ごく僅かな金のために命を奪われ、その事実は周辺地域にあった暖かさや絆に冷水を浴びせかけた。だが、よそから流れ着き、冷酷に犯行に及んだはずの男達もまた、ある意味では当時、アメリカではありふれた価値観を持つ者たちであり、まるっきりの他者ではない。その事実を丹念に、しかし極めて正確に抉り出している。

 本書を完成させたのち、カポーティはとうとう新作をひとつも仕上げることなく、落魄の末に世を去った。理性的に事件を分析し再現しながら、とうとう彼自身もこの物語に呑まれてしまった、とさえ映る。発表当時はニュー・ジャーナリズムとして評価されたというが、やはりいま読んで感じるのは、そうした分類に左右されることなく、凜として重々しい傑作である、ということだ。文学という枠組みでさえ不要なくらいに。

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