盲目の鴉 [新装版]/土屋隆夫コレクション

盲目の鴉 [新装版]/土屋隆夫コレクション 『盲目の鴉 [新装版]/土屋隆夫コレクション』

土屋隆夫

判型:文庫判

レーベル:光文社文庫

版元:光文社

発行:2003年3月20日

isbn:433473457X

本体価格:705円

商品ページ:[bk1amazon]

 2002年から2003年にかけて発売された、土屋隆夫の長篇作品に短篇数本、また同時期に発表されたエッセイを追加して再編集したシリーズ『土屋隆夫コレクション』の第八回配本。千草泰輔検事シリーズ第四作である同題長篇に、四本のエッセイを併録する。

 文芸評論家・真木英介が行方をくらました。出版社から作家・田中英光の全集の解説を依頼され、新たな側面に光を当てる契機となる情報を得た、という話を担当編集者にした矢先の出来事である。間もなく、信州・千曲川のほとりにある平生は人の寄りつかない文化財施設の近くで、真木の上着とハンカチに包まれた小指の断片が発見される。一方、東京地検の千草泰輔検事は送別会の帰りに、ひとりの青年が悶死した現場に居合わせた。毒殺されたことは確実であるはずなのに、いったいいつ、何者の手によって毒を盛られたのか解らないことに捜査陣が手を焼くなか、この不可解な事件は、依然肝心の屍体が発見されない真木英介失踪事件と思わぬところで結びついていく……

 寡作で知られる著者だが、本編は前作『妻に捧げる犯罪』から八年を費やしたのちに発表されている。費やした時間がそのままクオリティに繋がるとは言い難い、のはある程度の読書家なら痛感していることだろうが、本編については、当時の愛読者たちの渇望によく応えたに違いない。

 発端は推理小説というより、完全に純文学の趣がある。実在する作家・田中英光の自殺する現場に居合わせたという評論家の、その事実にかこつけて、本質的には幼い頃の性的な記憶を綴った一文をプロローグにして、序盤は田中英光という作家と、彼を語るための新たな切り口を求める真木の行動を軸に物語は進む。やがて、情報提供者のいるはずの小諸に向かったまま真木が姿を消すと、様々な視点が錯綜して、少しずつ謎が浮き彫りになっていく。情緒的な導入から重厚な“推理小説”的な展開への流れが実に繊細で巧みだ。仮に推理小説を読むつもりもなく手に取っていた読者がいたとしても、気づけばその深遠な謎に引きこまれているだろう。

 本編は間違いなく、いわゆる本格推理小説に属する作品であるが、かなり後半に話が進むまでは、犯人当てやトリックの解明に話の照準が向けられることはない。評論家と、雑誌編集者であり劇作家志望であった青年の死の繋がりは何処にあるのか、そして両者に対して殺害動機を持つ人物は誰なのか、を割り出すことにひたすら筆を割いている。しかしこの一見地味な過程が、極めて劇的だ。浮上しては文字通り消えてしまう容疑者、杳として見つからない真木の屍体と、不明なままの毒殺手段。ふたつの事件の明確な繋がりを追いながら、一向に掴めない全体像に苛立ち煩悶する千草検事たちの姿も人間的で、読み応えがある。

 それでいて、終盤における解決もまた鮮烈だ。トリックひとつひとつは寧ろシンプルで小振りであるが、それを巧みに大きな物語の枠に組み込んでいけば、幾らでも魅力的に、効果的に用いることが出来る、という手本である。

 明かされる真相と、犯人の辿る末路もまた切なく、嫋々たる余韻を響かせる。随所に登場する文人たちの実作やその生き様も眩く、ロマンティシズムに富んだ傑作である。トリックのインパクトでは日本推理作家協会賞を獲得した『影の告発』にやや劣るが、読後感の充実ぶりとその情感の豊かなことでは上回る、著者の代表作のひとつと言えよう。

 併録されたエッセイは作品との関連よりも、表題作の執筆と同時期に書かれ発表されたものということで選ばれている印象だが、推理小説を手懸けることの難しさを訴えたり、作中に登場するものと思しいトリックを担当編集とともに実験した、とかいう記述があったりと、本編のあとに読むと意味深な表現が多い。絶対的な分量が少ないので、旧版を所持している方に無理をしてまで購入しろとは言いにくいが、ファンならば一読する価値のある文章ばかりゆえ、いちどは手に取っていただきたいところだ。

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