『鹿の王 ユナと約束の旅』

TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『鹿の王 ユナと約束の旅』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン1入口脇に掲示された『鹿の王 ユナと約束の旅』チラシ。

原作:上橋菜穂子『鹿の王』(KADOKAWA・刊) / 監督:安藤雅司&宮地昌幸 / 脚本:岸本卓 / アニメーションプロデューサー:松下慶子 / 絵コンテ:安藤雅司、宮地昌幸、佐藤雅子、井上鋭 / キャラクターデザイン&作画監督:安藤雅司 / 世界観設定&イメージボード:品川宏樹 / プロップ設定:本間晃 / 美術監督&美術設定:大野広司 / 撮影監督:田中宏侍 / 編集:坂本久美子 / 音楽:富貴晴美 / 主題歌:milet『One Reason』 / 声の出演:堤真一、竹内涼真、杏、木村日翠、安原義人、玄田哲章、西村知道、櫻井トオル、藤真秀、阿部敦、青山穣、日野聡、折笠富美子、松本惣己 / アニメーション制作:Production I.G / 配給:東宝
2021年日本作品 / 上映時間:1時間54分
2022年2月4日日本公開
公式サイト : https://shikanoou-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2022/2/8)


[粗筋]
 ツオル帝国がアカファ王国を攻撃、聖地である火馬の郷にまで達するも、未知の病《黒狼熱(ミツツァル)》の蔓延により撤退、それ以来、両国は緩やかな併合関係となった。
 ある日、ツオルが営む岩塩鉱を山犬の群れが襲った。山犬は大勢を噛み殺したばかりか、消えつつあった《黒狼熱》を伝染させ、鉱内は壊滅する。生き残ったのは奴隷として働かされていたヴァン(堤真一)と、ユナ(木村日翠)という少女だけ。ヴァンは身内を失ったと思しいユナを抱えて、岩塩鉱を離れた。
 知らせを受けたツオル帝国から、皇帝の次男・与多瑠(阿部敦)が若き医師ホッサル(竹内涼真)らを伴って岩塩鉱を視察する。現場の痕跡や記録から、生き残ったのがかつてアカファ最強の戦士団《独角》の頭だったヴァンである、と知った与多瑠は、現在は属国的な地位に甘んじるアカファ王国の王(玄田哲章)に、ヴァンを捕らえるよう命じる。山犬に噛まれながらも生き存えたヴァンには、《黒狼熱》の抗体を獲得している可能性があったからだ。アカファ王の懐刀と呼ばれるトゥーリム(安原義人)は、《跡追い》の凄腕である配下のサエ(杏)を送り出す。
 だがトゥーリムはツオル帝国側の目を盗み、ヴァンを暗殺するようサエに命じた。アカファ王は未だ復権の機を窺っており、《黒狼熱》もまた策の内にある。《黒狼熱》克服の鍵となるヴァンを生かしておくわけにはいかなかった。
 サエと《黒狼熱》の解明に情熱を注ぐホッサルとその従者マコウカン(櫻井トオル)が追跡するその頃、ヴァンとユナはひとつの集落に身を落ち着けていた。ツオル帝国とアカファ王国の緩やかな和平によって、ツオルの民から嫁を迎え入れた集落は、穏やかな生活を送っている。気性の荒い《飛鹿(ピュイカ)》の扱いを人びとに指南しながら過ごしているうち、戦乱と苦役の日々で頑なになっていたヴァンの心に、変化が生まれつつあった――


[感想]
 以前より人気の高い上橋菜穂子のファンタジー小説をもとにした作品である――が、原作の内容を知らずに鑑賞して率直に感じるのは、「駆け足で説明が行き届かない」ことと、「どうしても『もののけ姫』に見える」という点だった。
 物語の導入も、登場人物たちの意識や位置づけも『もののけ姫』とは異なっており、恐らく文字で綴られるぶんにはそういう認識にはならないのだろうが、アニメーションにすると、細かなモチーフの共通項が際立ってしまう。日本を想起させるファンタジー世界、『もののけ姫』の呪いにも近しい謎の病、獣との交流の描写。シチュエーションとしては『もののけ姫』よりも更に深化し、本邦の名作文学とも相通じる結末の趣向は荘厳ささえ感じさせるが、しかしそれさえも実は『もののけ姫』の延長上、と解釈出来てしまう。実際に原作者が意識していた可能性もあると思うが、アニメーションにしたことで悪目立ちしたのではなかろうか。しかも、監督のひとりである安藤雅司をはじめとした主要スタッフにスタジオジブリ経験者、それどころか『もののけ姫』そのものに携わっていた、と聞くとなおさら、そういう印象が強まる。出来るのなら、その束縛を乗り越えるものであって欲しかった、というのは高望みだろうか。
 駆け足に映る、というのも、原作が文庫版では3冊に及んでいる、という事実から、致し方がなかった、とは感じる。しかしそう言えるのは、原作のボリュームを知ったからであって、本篇からいきなり鑑賞したひとにとっては親切と言いがたい。むろん、物語にとって必要な描写は抽出されており、読解力のあるひと、推測しながら鑑賞のできるひとなら、あとあと頷ける内容なのだが、それでも置き去りの印象を受ける可能性は高い。私自身は原作未読ゆえ、本篇の描写の抜き出しが適切なのかは断言しかねるが、もう少し練ることは出来なかったか、というのが率直な感想だった。
 しかし、物語としての奥行きは豊かだ。日本の文化、歴史を彷彿とさせながらも独創性に富んだ世界。事件の背後には複数の国家、民族の思惑が絡みあい、表出している以上の根深さを感じさせる。表面的な恭順、双方でその欺瞞を察知しながら肚を探りあう駆け引きなど、設定を練りこんだファンタジーだからこその面白さだ。
 そこで物語を動かすのが“伝染病”、という着眼点も秀逸だ。蔓延していく異変を魔術や呪い、といった超現実的なものとしてではなく、何らかのものを媒介して感染拡大していく“病”として学術的に解決を図る、という視点はファンタジーでは特異だ。しかも、ファンタジー空間であればこそ、この“病”を様々な解釈で理解する目線を、現実世界にある差別や偏見そのものとは区別して採り入れているわけで、“伝染病”という現実社会にも(しかもリアルタイムで)深刻な影響を及ぼす題材を、際立たせて描くことに成功している。拡散の様子やその解釈もさることながら、劇的なその決着も、ファンタジーであればこそ可能なもので、これほど題材、表現がそれぞれを絶妙に活かした作品も珍しい。
 監督をはじめ、スタジオジブリなど日本を代表するスタジオ、作品に携わったスタッフが参加しただけあって、流行のタッチとは異なるが安定感のある映像が堪能出来る仕上がりだ。ただ、せっかく劇場用作品として製作されたのだから、もう少し大きなスクリーンを意識した構図、作画にして欲しかった嫌味はある。本篇の仕上がりでは、スクリーン上で観る旨味はあまり感じず、自宅のテレビやスマホの画面でもいいかな、と感じてしまう。
 かなり駆け足の仕上がりでも実感できる上質の物語と、日本でも指折りのクリエイターたちが集っているのだが、率直に言って、充分には活かし切れていない、という印象だった。申し訳ないが、もうちょっと劇場用映画としての魅力を引き出すことの出来る監督が指揮するべきだった、と思う。


関連作品:
もののけ姫』/『千と千尋の神隠し』/『パプリカ』/『思い出のマーニー』/『君の名は。
一度死んでみた』/『真夏の方程式』/『王立宇宙軍 オネアミスの翼』/『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』/『機動警察パトレイバー 2 the Movie 4DX2D』/『スマイルプリキュア! 絵本の中はみんなチグハグ!』/『カーズ2』/『アイの歌声を聴かせて』/『スイートプリキュア♪ とりもどせ!心がつなぐ奇跡のメロディ♪
復活の日』/『パンデミック・アメリカ』/『感染列島』/『コンテイジョン

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